「大丈夫?」


声が聞こえた。

私の腕に熱を感じる。

何?

一体何が起こったの?

困惑する私に言葉は雨のように降り注ぐ。


「下駄、脱いで」

「えっ?」

「早く」


声の主は同級生くらいの男の子。

兄と違ってまだ声変わりしていなくて低温と中音が混ざったような声。


「あっ...はい」


私は急いで下駄を脱いだ。

男の子が私の下駄を持ってくれる。


「行こう。こっち」


私は男の子の細いけど力強い左手で右手を引かれ、駆け出した。

その背中は、いつも見ている兄の背中より小さいのに、私には大きく見えた。

その背中を追っていれば、大丈夫だと思わせてくれるような、

そんな安心感と暖かさを感じた。

だからだろうか。

裸足で地面を思い切り蹴りつけ、いつもの何倍も速いスピードで走っているのに、全然痛くない。

さっきまでの恐怖も地面を蹴る度に減っていく。

背中を見る度に弱まっていく。

こんな不思議な気持ちはカメラには収められないけれど、

この背中だけは、

目に焼き付けたい。

そう思って私はずっと前だけを向いて走っていた。