「自転車の音がしなかったのでわからなかったです」
と言うと、

「いや、ひなとが見えたんで、たまには脅かしてみようかと思って」
と言う。

 いや、別に脅してくれなくていいんですよ……と思ったとき、
「そういえば」
と今度は、いきなり暗がりから声がした。

 再び、ビクつきながら、とひなとは、そちらを向いたが、緒方は特に驚かなかった。

 向かいのブロック塀の前にいたのは、いつも外で飲んでいると現れる近所のおじさんだった。

 散歩中、懐中電灯が切れたらしい。

 ちょうど街灯のないそこに、いつものように犬を連れて立っていた。

「ほとんど人気(ひとけ)ないのにね。
 たまに、あの窓に、ぼんやり明かりがついてるときがあるんだよ」

 ひひひひとおじさんは笑う。

 なんなんですか、怖いですよ……とひなとは思わず、緒方の腕をつかみそうになったが、こらえる。

 なんとなくだが、隣にいるのが柚月なら、つかんでいる気がした。