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バン! ガン!

放課後の屋上に、鈍い音が響いた。
その音と同時に、倒れ込む一人の女子。
私たちは、その女の子を見て笑っていた。

「あっははははは!」

お腹を抱えて笑っているのは、クラスの中心的な存在である、阿仁村 霞だ。

「まじうけるんだけどーww」

バットを手に笑っているのは、同じクラスの千夏。

そして、私たちの前で倒れ込んでいるのは、いじめのターゲットの香苗だ。

私たちは、放課後、屋上で、毎日のように香苗をバットで殴っていた。

「うっ・・・ もう・・・ やめ・・・て・・・」

香苗が、消え入るような声で呟いた。

「はあ? 辞めるわけないじゃんwww」

霞が笑いながら言うと、千夏からバットを受け取って、香苗の脚を狙ってバットをふった。

ゴン! と鈍い音がして、香苗が脚を抑えながら呻き声を上げていた。

「うぅ・・・」

彼女は地面に倒れ込んだまま泣いていた。

「うっわ、泣いてるよ、こいつ」

千夏が香苗に近寄ると、髪を掴んで顔を上げた。

「うわ、泣き顔もきもーwww」

霞が笑いながら言う。

「どんだけ弱いんだよ、こいつwww」

千夏も、お腹を抱えて笑いながら言った。
その時、香苗が体を少し起こして、

「お前ら・・・絶対許さない・・・絶対呪ってやるからな・・・」

そう言ったのだ。
その直後、再び鈍い音が響いた。

「お前さあ、マジで言ってんの?ww 呪いなんてあるはずないじゃないwwww お前馬鹿か?www それにさあ、お前のくせにうちらに歯向かってんじゃねえよ!!!!」

霞は香苗を怒鳴ると、私にバットを差し出した。

「ほら、あんたも突っ立ってないでやりなさいよ」

私は、バットを見つめたまま固まっていた。
手が震えてくる。

「ねえ。早くやりなさいって言ってるでしょ?出来ないって言ったら、あんたも痛い目に合わせてやるからな?」

霞の言葉に、私はバットを受け取ると、香苗の脚を殴った。

「うっ・・・」

香苗の呻き声に霞達がまた大声で笑った。

「今日はもうこれくらいにしようよ。 ほら、早く帰らないと、先生に怒られるよ」

千夏の声に、霞の手が止まった。

「そうね。今日はこの辺にしておきましょう。お前、またうちらに歯向かったら・・・もっと痛い目に合わせてやるからな?」

「ねえねえ霞ぃ〜、放課後暇だし、どっか遊びに行かね?」

「いいわね。真理も行く?」

「わ・・・私はいいよ。今日用事あるから」

「そう?じゃあしょうがないわね」

「じゃあまた明日ね〜」

「う・・・うん・・・」

霞達は、私に手を振って屋上から去っていった。

霞がいなくなった後。
屋上には、私と倒れ込んでいる香苗の2人だけ。

「・・・ なんで私・・・こんなことやってんだろ・・・」

私はそう呟き、香苗に近づいた。
香苗は、痣だらけの脚を抑えて泣いていた。
私は、香苗の背中を優しく擦ってあげた。

「・・・真理・・・ちゃん・・・?」

彼女は顔を上げて呟いた。

「大丈夫?」

私は背中を擦りながら言った。

「うん・・・ 大丈夫・・・」

「ごめんね。こんなことしちゃって・・・ 本当は止めるべきだったのに・・・」

「ううん。しょうがないよ・・・ 霞には誰にも逆らえないから・・・」

「だからって・・・ イジメなんて・・・ 私・・・ やりたくなかったのに・・・」

私は声を少し震わせながら言った。




香苗へのいじめが始まったのは、今から1か月前の事だった。
事件は、掃除の時間に起こった。
水が入ったバケツを持っていた香苗は、躓いて転んでしまい、その拍子にバケツに入った水が零れてしまった。
その水が、霞の制服に掛かってしまった。

「ちょっと香苗!!! あんた何やってんの!?」

霞は香苗に向かって罵声を浴びた。
霞は香苗に近づいた。

「あんたさあ、私にこんなことして、謝りもしないわけ?」

「えっと・・・でも・・・わざとじゃ・・・ないし・・・」

「だから謝れって言ってんでしょ?」

「ごめん・・・なさい・・・」

香苗は泣きそうになりながら呟いた。

「は?聞こえないんだけど」

香苗は、霞の圧力に負けたみたいで、何も言えなくなってしまった。

「はあ、もういいわ」

霞は、そう言って去っていった。

「香苗! 大丈夫?」

私は香苗の方に駆け寄った。

「うん・・・ 大丈夫・・・ でも・・・ 霞さんにあんなことを・・・ どうしよう・・・」

彼女は泣きそうになりながら言った。

「大丈夫。 気にしない方がいいわ。 それより、これ片付けないと」

私は雑巾を持ってきて、床にぶちまけられた水を拭き始めた。

「真理ちゃん、いいよ。私がやるから・・・」

「1人だと大変でしょ? 手伝ってあげる」

「あ・・・ ありがと・・・」


片付けが終わり、教室に戻ると、霞達が教室で話していた。

「あ、真理〜」

霞は私に気がつくと、手を振って声をかけてきた。

「遅かったね。 どうかしたの?」

私が霞達のところに向かうと、千夏が聞いてきた。

「いや・・・ ちょっと掃除が長引いちゃって・・・ごめんね。 そういえば・・・ 二人で何話してたの?」

「さっきの香苗のこと。 あいつとろいしさ、イラつくって。いっそあいつのこと虐めてやろうかなって話してたところなの」

私は、霞の言葉にその場で固まった。

(・・・え・・・虐め・・・?)

「ほんとあいつとろいよねぇ〜。 少し痛い目に合わせないとねww」

「じゃあ明日からやっちゃいましょ。真理ももちろんやるわよね?」

私はもちろん、虐めには乗り気じゃなかった。
香苗も悪気は無かったんだし・・・そのくらい、許してあげてもいいんじゃ・・・
私がそう思ってると・・・

「真理?まさかあんた、やりたくないとか言わないよね?そんなこと言ったら、あんたも虐めの標的だからね?」

霞は脅すように言った。
その時の霞がすごく怖くて・・・私は逆らうことが出来なかった。

「う・・・うん・・・わかった・・・」

私はそう呟いた。
この時、ちゃんと断っていたら良かったのに・・・

「そう。ならいいけど」

(やばい・・・ どうしよう・・・)

それから霞達は、何やら話していたが、私は話が全く頭に入ってこなかった。

それから、香苗への虐めが始まった。
最初は無視する程度だったけど、次第にエスカレートしていった。
クラスメイトも、霞に脅されたらしく、みんなで香苗のことを虐めていた。




「あの時・・・私がちゃんと言ってやったら良かったのに・・・虐めはだめだって・・・でも・・・怖くて・・・言えなかった・・・ほんと私って弱いよね・・・」

私は、香苗の背中を擦りながら言った。

「ううん・・・そんなことないよ・・・真理ちゃんはいつもちゃんと謝ってくれるし・・・いつも助けてくれるから・・・。それに・・・そんなこと言ったら真理ちゃんが虐められちゃう・・・」

「私はあいつらと一緒になって人を傷つけるよりもそっちの方がマシだよ」

「そっか・・・強いんだね。真理ちゃんは。」

「こんな所で話してちゃあれだし、とりあえず保健室行こっか。立てる?」

私は香苗に手を差し伸べた。

「うん・・・ありがと」

香苗はそう言って、私の手を掴んだ。


次の日。
私たちが話していると、香苗が教室に入ってきた。

「うわ、今日も来たよ、こいつwwww」

霞が、わざと香苗に聞こえるように言った。

「ほんと、虐められてるのに良く来れるよねえww」

千夏も、笑いながら言った。

「じゃあ、今日はどんな事してやる?」

霞の質問に、千夏が即答した。

「じゃあさ、こんなのはどう?」

千夏がそう言って、なにやらコソコソと話し出した。
私もその話に耳を傾ける。
千夏の話を聞いて、私は青ざめて固まった。


昼休み。
私たちは、トイレで香苗のことを待っていた。
朝のHRが終わった後に、霞が香苗を昼休みにトイレに来るようにと呼び出したそうだ。
しばらく経つと、香苗がやってきた。

「あんた遅いのよ。いつまで待たせる気なの?」

霞が、腕を組みながら言った。

「す・・・すみません・・・」

「謝っただけで済まされると思ってんの?
じゃあ早速・・・ ここ、舐めて?」

霞は、床を指さして言った。

「え・・・床・・・?」

香苗はそう呟きながら、視線を下に向けた。
虫がはい回っていそうな床を、霞は舐めろと指示したのだ。

「そんな・・・いやだ・・・」

「へえ、やらないんだったら、これ、どうなってもいいんだよね?」

そう言って、小さなぬいぐるみを取り出した。

「あ・・・そ・・・それ・・・なんで・・・」

そのぬいぐるみを見た香苗は、目を見開いて呟いた。
香苗が持っている小さなくまのぬいぐるみ。それは、香苗が小学生の時に事故でなくなったお兄さんが、香苗にあげたものだった。
この前、これをお守り代わりに大切にしていると香苗に教えてもらった。

「・・・・・・」

香苗は、黙ったまま動かなくなってしまった。

「へえ・・・やらないんだ。それじゃ・・・」

霞は、持っていたぬいぐるみを下に落として足で踏みつけた。

「いっ・・・いや!!!やめて!!!!!!」

「じゃあ・・・床舐めてよ。そうしたら返してあげるよ?」

「そんな・・・いや・・・」

「ねえ。やるなら早くやってくんない?これ返して欲しいんでしょ?だったらさっさとやってよ」

霞の言葉に、香苗はまた俯いて黙ってしまった。

「さっさとやれって言ってんでしょ!!!!」

霞は香苗に近づくと、香苗を突き飛ばした。

「きゃっ・・・」

香苗は短い悲鳴をあげて尻もちを着いた。
そして、香苗の体を無理やりうつぐせにした。

「やめて!やめてよ!!」

香苗は必死に抵抗していたけど、千夏に体を抑えられた。
そして、霞は、香苗の頭を抑えた。

「ほら、舐めろよ!!!!」

霞は罵声をあげた。

私は1人、その光景をじっと見ていた。
本当は止めるべきだった。
でも、怖くて言えなかった。
でも・・・泣いている香苗の姿を見てると辛くて・・・

「ね・・・ねえ・・・もうこれくらいにしない?」

私の言葉に、霞達は香苗から離れた。

「そうね。でもまだたり足りないんだよねえ〜・・・ じゃあさ、香苗、シャツ脱いでよ。写真撮ってあげるから」

霞の言葉に、香苗はそのまま固まった。

「・・・え・・・脱ぐって・・・」

あまりにも突然のことに、私も絶句した。

「ねえ、はやくしてよ〜wwww」

千夏が笑いながら言った。

「・・・・・・・・・」

香苗は、また黙って俯いた。

「チッ、早くやれよ!!!! なんなら私がやってあげる!!」

霞は、香苗のシャツを掴み、ボタンを外し始めた。
そして、私にスマホを差し出した。

「ほら、あんた撮りなさいよ。今日あんた何もやってないでしょ? できないなんて言ったら・・・どうなるかわかってるよね?」

私はスマホを受け取ったまま黙っていた。

「ねえ、早くやってよ」

千夏に言われ、私は渋々写真を撮った。

カシャッと言う音が、トイレに響いた。

「もう・・・終わった・・・?早くそのぬいぐるみ返してよ・・・」

香苗が泣きながら言うと、

「はあ?あんた馬鹿なの?wwww 私が返すとでも思ったの?wwww」

霞はわらいながら言った。
霞は最初からそのぬいぐるみを返す気などなかったようだ。

「・・・え・・・?」

霞は、ポケットから小さなハサミを取り出した。

(・・・まさか・・・)

「え・・・そんな・・・ねえやめて・・・やめてよ・・・」

霞は、香苗の声も聞こうとせずに、ハサミでぬいぐるみを切り始めた。

「あああああああああああっ!!!!!!やめて!!!!やめてぇぇぇぇええええええええええええ!!!!!!」

トイレに香苗の叫び声が響いた。


香苗は、切り刻まれたぬいぐるみの前で座り込んでいた。

霞達は、笑いながらその場を去っていった。
私はただ、座り込んで俯いている香苗を見ていた。
私は香苗に近づくと、手を差し伸べた。
しかし、香苗は、私の手を振り払った。

「・・・え?」

その後すぐに顔を上げて、

「あっ・・・ご・・・ごめん・・・」

そう呟いた。

「あ・・・ううん・・・大丈夫・・・」

「真理ちゃん・・・今までありがと・・・でも・・・もう・・・いいよ・・・助けてくらなくても・・・いいから・・・」

香苗は、シャツのボタンをとめながら言った。

「えっ・・・それって・・・どういう・・・」

私の声に、香苗は慌てて言った。

「あっ、なんでもない。今のは忘れて」

「う、うん。分かった。それより、早くしないと授業遅れちゃうよ?」

私の言葉に、香苗が頷いた。




放課後。
忘れ物をした私が、走って教室に向かっていると、誰かが屋上に繋ぐ階段を登っているのを見た。
長い黒髪に華奢な体。
間違いない。あれは香苗だ。
私は香苗の後ろを着いて行った。

私は屋上に着くと、扉を少し開けた。
香苗が、私に背を向けて立っていた。

放課後の屋上は静かで、香苗の小さい声も聞き取れた。

「もう・・・こんな所で生きてくなんて嫌・・・なんで私だけ・・・こんな思いしなくちゃいけないの・・・私が・・・何したって言うのよ・・・」

香苗の声は、徐々に震えていた。

「でも・・・これで楽になれる・・・死んじゃえば・・・苦しまなくていいから・・・」

香苗の声に、私の体が動いた。
屋上の扉を勢いよく開け、香苗の元へ駆け寄った。

「香苗!!!ちょっと何してるの!?」

私の声に、香苗がビクッと肩を震わせて振り返った。

「真理・・・ちゃん・・・?なんでここに・・・?」

「香苗が屋上に行くところを見たの・・・で・・・なにしてたの?死ぬって・・・どういうこと?」

「ああ・・・聞かれちゃったか・・・。私ね、もう嫌になっちゃった・・・こんなところで生きていくのは・・・だからね。もうここで死のうと思って」

「死ぬなんて絶対ダメ。何かあったら私が何とかするから!!香苗には私がいる。だから死なないで・・・」

私がそう言うと、香苗は空を見上げて言った。

「真理ちゃんってさ、ほんとに優しいんだね。私ね、真理ちゃんに助けて貰って・・・ほんとに嬉しかった・・・でもね。もう限界なんだ、私。だから・・・」

香苗は、柵から身を乗り出した。

「・・・ありがとう。さようなら・・・」

香苗は消え入るような声で呟いた。
そして、香苗の体は、下へと落ちて行った。

私は屋上から下を見下ろした。
そこには、体を地面に打ち付けられて絶命している香苗がいた。
香苗の頭から血が流れていて、アスファルトを赤く染めていた。

「香苗・・・そんな・・・」

私は泣きながら地面に崩れ落ちた。

「香苗・・・ごめんね・・・」

私がもっと強かったら・・・虐めを止められたかもしれないのに・・・
自分が虐められてもいい。香苗さえ助かれば・・・
ずっとそう思っていたのに、止める勇気がなかった。
私・・・ほんとに弱いな・・・

私は誰もいない屋上で、1人泣いていた。