カップとポットを持ち、部屋の扉をゆっくりと開けると、少し離れた廊下に坂本さんが立っていた。私に気が付くと身をすくめ、小さく頭を下げる。
「まりあ様、私がお運びいたします」
「あ、ありがとうございます。」
トレイを受け取った坂本さんはちらりとこちらへ視線を向けた。
「智樹様は…」
「え?」
「いえ、先ほど智樹様もお部屋から出て行く姿を見たもので」
「はい、少しお部屋で話をしていました。」
「そうですか…」
何故か坂本さんの言葉尻は歯切れが悪い。
どこにでも居るような中年女性。目立った印象もなかったけれど、いつも監視されている様な視線を感じていた。
再び頭を小さく下げると「おやすみなさい」とだけ言い残し、そそくさとその場から居なくなってしまった。 生きていたら、母より少し年上位だろうか。
長年この館で仕えていると言う。 私以上にこの館の事情を知ってはいる筈だ。でも何故か訊く気にはなれない。



