このお屋敷はとても静かだ。 部屋の中では水槽の水音が僅かに流れるだけ。心地の良い水槽のメロディーとさっきまでの智樹さんの優しい声が耳に強く残る。

’まりあと一緒に居たい’誰かからあんな真っ直ぐな瞳で言われたのは、初めてだった。


青白い水槽の中には、数えきれない程の魚達が優雅に泳いでいる。
オレンジ、ターコイズブルー、イエロー。まるで水槽の中に閉じ込められた宝石の様だった。

幸せなのかは分からない。安全な水槽に居ることと、危険であるが大海を自由に泳ぎ回る事。

この魚達にとってどちらが幸せかは見当もつかない。 私は自由に生きることは孤独だと思っていた。誰にも制限される事もなく、独りである事。自由と引き換えの孤独だ。

けれど母は、自由になりたいとこの屋敷から出て行った。自由になった娘の子供が再びこの屋敷に連れ戻されるなんて皮肉な話ではある。

壁に埋め込まれた水槽に手を充てると、ひんやりとしていた。
私の存在なんて知らん顔で彼らの世界の全てを、平然と泳ぎ切って見せた。

「ほだされちゃって馬鹿みたいだね」

扉はいつの間にか開けられていた。 構えた先には、朔夜さんが腕を組み立っている。
その不思議な色の瞳をこちらに向けて、怖かった。この人が。

ばたりと扉を閉めた彼は、遠慮もなくずかずかと私の部屋へ入って来た。 水槽に目を落とし、鼻で笑った。