「答えを急ぐことはない。 ゆっくりと考えてくれていい。
君の今までの人生は何となく想像がつく。 ここに居れば欲しい物は大抵手に入るし、したい事はさせてあげられる」
そこまで話すと、コンコンと扉をノックする音が鳴った。
「お食事の用意が出来ましたけれど」低い女性の声が外から聞こえる。
智樹さんは立ち上がり、にこりと優しい笑みを落として「行こう」と言い私へと右手を差し出した。
四方を泳ぐ魚達は一体どういう気持ちなのだろうか。
水槽の中だけが自分達の世界で
広くどこまでも続くような大海に憧れる事はないのだろうか。
すいすいと優雅に泳ぐ姿はまるで囚われているようで、息苦しいと言った母の顔を思い出した。
母はこの屋敷を飛び出して、本当に自由になれたのだろうか。 本当に欲しかった物は掴めたのだろうか。 何故自死を選んだのだろうか。
色とりどりの熱帯魚たちはその問いに答えることもなく、青白い水槽の中を平然とした顔をしたまま泳いでいた。



