あの日、あの海で死んでいたら良かった。 こんなに苦しくなるなら、誰かを愛するという気持ちさえ知らずにいたら良かった。

ここはまるで地獄の様だ。 だってこの人は私を愛していない。私もこの人を愛していない。

それでもここで囚われ生きる事しか出来ない私は、狭い水槽の中を泳ぐ魚と同じ。 この人に飼われているだけ。


自分の欲望を私へと投げ出して、智樹さんは背中を向けて洋服を着た。 テーブルに投げ出されたまま、水槽を泳ぐ魚達を目で追うだけの私は、これで本当に生きていると言えるのだだろうか。

見下ろした瞳はどこまでも冷たかった。 けれど……。

「まりあ、俺が憎いか?」

まるでそれを望むように、その声はいつか聞いた声色よりずっと悲しい気がした。
死んでしまいたいと思った。

あなたがあの日救ってくれた命を、今この場で投げ出したいと思った。
けれど春を迎える前に死んだのは、祖父だった。