静まり返っていた空間。音もなく現れたのはきちりとしたワイシャツとスカートに白いエプロンをつけている年配の女性だった。
笑いもせずに無表情のまま、「こちらへどうぞ」と案内をする。ぺこりと小さく頭を下げて、彼女の後ろをついていく。…ついていく、しか出来なかった。
私は死ぬつもりだったのだ。このどうしようもない人生を終わらせる為に、けれど助けられてしまった。行く場所はない。逃げる気力さえ失っていた。それならばもう、従うしかないのだ。
女性はとある部屋の前で足を止め、ノックを数回する。
すると扉の向こうから現れたのは、智樹さんだった。 さっきまで着ていたジャケットとネクタイは既に脱ぎ捨ててあり、ブルーのシャツのボタンは二つ程開けられている。そこから見える鎖骨が余りにも美しく思わず目を逸らしてしまう。
「どうぞ、入って。」
ゆったりとした口調でそれだけを言うと、私の背中を優しく押して部屋の中にいれる。
部屋に入った瞬間、余りの美しさに目を奪われた。
特別に広い部屋という訳ではなかった。中心には真っ黒のテーブルと椅子が4脚。そしてそれを取り囲むように四方の壁に埋め込みの大きな水槽があった。
先程、目を覚ました部屋にも同じように一つ埋め込みの水槽があった。それとは比べ物にならない大きさの物が四つ。 ブルーライトに照らされて色とりどりの魚たちが泳いでいた。
コポコポと水の流れる音が心地良く耳に響いていく。まるで水族館の中に居るような錯覚に陥る美しさではあった。



