脆い記憶


・・・あれ?
痛くない

車にぶつかってない

周りがとても静かだ


「・・・大丈夫?ケガは?」

低くて穏やかな声がする

きっと男の人だ


大きな体が私を包んでいることにやっと気づいた

私は危機一髪助けてもらえたようだ



いつの間にか夏の太陽は私の真上にいる

空を見上げると目が眩むほど眩しい

側を流れる川の音は心地いい


「手、出して」
声がする方を見上げるが逆光で顔がよく見えない

少しずつ近づいてくる黒い影が
ゆっくりと私を包んだ
すると彼の顔がはっきりと見えた

「あ、・・・」
そうだこの人
さっき歩道の先でみつけた
キレイな横顔の人

「俺のことわかるん?」
彼が驚いたように目を大きくすると
より目の大きさが際立つ
下睫毛も長いなんて羨ましい

長い睫毛がとても魅力的な目元
瞳の色は
冬の夜空のように澄んでいて
深い黒の中に吸い込まれそうになる


「なぁ!?大丈夫!?」
彼が声を張り上げて私の肩を揺すって我に返った

恥ずかしい・・・・

また見惚れていた・・・

二度も見惚れてたなんて・・・!
見惚れて車に轢かれかけたなんて口が裂けても言えない!恥ずかしすぎる

「だ、大丈夫です!ごめんなさい!先程はありがとうございました!助かりました!・・・すみません」

恥ずかしくて顔を見れない
恥ずかしくて早口になってしまった
ああ!もう!早口になったのも恥ずかしいし!
変なやつだと思われたよね
絶対思ってる!
もうこの場から早く去りたい!

「・・・で、俺のことわかるの?」
何故か彼はとても不安そうに私を見ている

「あ、さっき、その、事故の前に歩道の先で私が一方的にあなたを見ていただけといいますか、その、えっと・・・」

ああ、そっか。と笑った彼はなぜか少し眉を下げた気がした

「あ、そうや。手、貸して」
かがんだ彼は私の手を拾い上げ
傷の手当てを始めた

私の手より大きくて
少し平べったくゴツゴツしてる
男の人の手
細身で長くキレイな指
少し乾燥肌なのか掌がサラサラしてる

「はい!でーきた」
さっと立ち上がった彼の風で私の髪が揺れた

「ありがとうございます・・・」

「なぁ、誰かと待ち合わせとかしてた?相手に連絡とかしとかんで大丈夫?」

「ああ、それは大丈夫です。大した用もなくフラフラと散歩していただけなので」

そっか。と笑う彼が何かを思いついたようにニコニコしながら私に顔を寄せてくる

「なぁ!じゃあさ!ちょっと付き合って!」

え!?なんで!?と言いたいが
そんな顔で見つめられたら何も言えない

それに予定も何もない私は彼と同行してもなんの問題もない
何よりも彼は命の恩人だ
断る理由が特にはない


「とりあえずメシ!メシ食おう!」
お腹をさすりながら私に背を向けてサクサク歩き出す彼を小走りで追いかける

「あの!なんて呼べいいですか?」
急いで問いかけた

「好きに呼んでくれたらいいよ。好きな奴の名前でもいいし、ペットの名前でもいい」

「本名を教えてくださいよ!下の名前だけでも、ニックネームでもいいので」

なぜか彼は「うーん」と言うばかりで教えてくれない

「俺たちは今日以降もう会う事は無いんやから名前どうこうよりもっと色々話そう」

・・・そうかもしれないけど
とても悲しいことを言われた気分だ

「そ、そうですけど・・・もしかしたらまたばったり会うかもしれないじゃないですか!」

彼は「ハハッ」と笑うだけで振り向きもせず
歩き続けている

「・・・私の事はハルって呼んでください」

「うん。ハルちゃん。行こっか!」

私の前を歩く彼の背中はなんだか寂しそうで
広くて大きいはずなのになんだか小さく見えた