数日後、葉月は彼のことはもうすっかり忘れて、いつものようにパソコンに向き合い仕事をしていた。

 そこへ席を外していた朱里が戻って来て、「聞いて葉月、また入り口にこの前の男の子がいたらしいよ」と言った。

 葉月はまさか、と言う顔をした。

「私帰りに話しかけてみようかなー」

「朱里さん、やめておいた方がいいですよ」

 葉月はこの間のことを思い出して、朱里に忠告した。

「だって気になるじゃん。葉月は気にならないの?」

「気になりますけど」

 実はナンパされました、なんて言えるはずもなく、言葉に詰まった。

 彼はまたナンパの続きをしに来たのだろうか。この間断ったにもかかわらず、また来るなんて一体どう言うつもりだろうか。目当ては自分じゃないにしても、別の女子社員を狙いに来たのだろうか。

 いずれにしても、帰りにまた彼に会うのは気まずいし、できれば会わないことを祈るしかない。

葉月が考え事をしている間、朱里は自分の席に戻った。そして朱里はパソコンを見た途端、険しい表情に変わった。

「でも今日は仕事が定時までに終わりそうにないな。終わるまでに帰っちゃうかもね」

「今日残業ですか?」

「そうだよ、葉月も悪いんだけど、急ぎで作ってもらいたい資料があるから、今日は私と一緒に残業よろしくね」

「わかりました」葉月は朱里に態度には見せなくとも、心の中で落胆した。

しかしすぐに気を取り直して仕事モードに入った。

「よし、早く終わらせて帰るぞー」葉月は気合いを入れるため、両腕の服の袖を捲った。

「その調子だよ。あ、そうだ。昨日父の日だったから実家に帰ったんだ。それであのプレゼント、お父さんに渡したよ」

 朱里は嬉しそうな顔をしながら葉月を見ている。

「お父さん、喜んでました?」

「もうすごい喜んでた。葉月が勧めてくれたお陰だよ」

「それならよかったです」

「ありがとね」

それだけ言うと、朱里はまたパソコンに向き直った。

 昨日、父の日だったんだ。知らなかった。でも自分には関係のないことだ。気にせず仕事をしよう。そう思った葉月だったが、なぜか卓上カレンダーの昨日の日付から目が離せなくなった。

なぜだろう。また心が落ち着かない。

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