仕事を終えて会社を出た葉月と朱里は、電車で新宿駅までやってきた。
新宿駅を歩いていると、どうしても昨日の出来事を思い出してしまう。
昨日はこの場所で、翔を一日中待っていたんだっけ。
思い出したら悲しくなってきて、葉月は忘れるために首を横に振った。
「葉月ー! 今日はいっぱい飲んで忘れるぞっ」
まだ飲む前だと言うのに、すでに朱里は酔っ払っているように見える。
「朱里さん、何でそんなに元気なんですか」
「私が元気でいなかったらどうするの。元気がないのは葉月だけで十分だよ」
「確かに、それもそうですね」
葉月と朱里は改札を出て、居酒屋までの道を歩いた。
「あ、ねえ、あれってもしかして……」
朱里が何かを言いかけて途中で言うのをやめた。
「何ですか?」
「やっぱり! あそこで歩いてる子、翔くんじゃない?」
「えっ! どこですか?」
翔と聞いてすぐに反応した葉月は、周囲を見渡した。
「ほら! あそこのコンビニの前にいる子!」
朱里に言われた場所を見ると、葉月は驚いて心臓が一瞬だけ止まったような気がした。
そこに翔と何人かの友達が一緒にいたからだ。
よく見ると、その中には蓮見もいた。
「本当だ……!」
「葉月、話しかけてき……あれ?」
朱里が何かを言い終わる前に、葉月は翔の元へ駆け出していた。
(翔、翔……!)
人混みの中で人を避けながら夢中で走る。
走っている途中で男の人にぶつかり、「いってーな! ちゃんと前見ろよ!」と怒鳴られ、すでに前に進んでいた葉月は「すみません!」と後ろを振り返って走りながら謝った。
(訊こう、会ってちゃんと理由を……!)
周囲にいる人々は走る葉月を見て、物珍しそうに驚いている。
葉月はそれでもお構いなしに、ただ翔を目指して走った。
翔の前まで来ると、葉月は息せき切らしながら足を止めた。
そして友達と楽しそうに話している翔に向かって、
「翔っ……」と葉月は呼んだ。
途中から背中を向けていた翔は、振り向いて葉月を見る。
続けて蓮見や他の友達の視線を浴びる。
「葉月さん……」蓮見が言った。
翔は何も言わず驚いた顔で葉月を見ている。
「翔、何で昨日待ち合わせ場所に来なかったの? それに連絡もしてくれないし、一体どうして?」
葉月は一心不乱になって翔に訴えた。
怪訝そうな顔をした翔は葉月を見て、
「━━えっと、誰ですか?」と言った。
(え……?)
予想もしていなかった翔の答えに、葉月は絶句した。
「翔くん……誰って、葉月さんじゃん。忘れたの?」蓮見が呆れたように言った。
「え? 葉月さん? すみません。俺たちって前にどこかで会いましたか?」
まるで初めて会った赤の他人のように言っている。
目の前で起こった出来事が信じられなくて、葉月は固まったまま何も言葉を出すことができなかった。
翔は何も言わない葉月を見て、話す気がないことを悟ったのか、友達とコンビニの前から立ち去ろうとしていた。
「ちょっと待って、翔……」
すぐに翔の元まで行こうとしたが、葉月の目の前に友達と一緒にいたはずの蓮見が現れ、行く手を阻んだ。
「葉月さん、もう無駄ですよ。翔くん、葉月さんのこと完全に忘れてます」
「蓮見ちゃん……」
冷静に言う蓮見に対して、葉月は動揺を隠せずにいた。
「私、前に調べたことがあるんですけど、前世の記憶を持った人って、大人になるにつれて記憶が失われていくらしいんです。普通は生まれた時から五歳くらいまでの子供しか覚えてないみたいなんですけど、私たちみたいに高校生になっても、まだ前世の記憶が残っているのは珍しいケースなんですって」
葉月は蓮見の話をただ呆然としながら聞いていた。
「だから、私たちは前世の記憶を覚えている期間が単に長かっただけで、こう言う記憶はいつまでも残るものじゃないんですよ。私は偶然にも今はまだ記憶が残っていますけど、いずれ翔くんみたいに記憶がなくなるんだと思います」
「記憶が、なくなる……」
葉月に同情したのか、蓮見は悲しげな表情になって下を向いた。
「残念ですけど、もう翔くんの記憶は戻りませんよ」
「そんな……でも、前世の記憶だけなくなるならまだしも、今世で翔と私が過ごした記憶までなくなるなんて変だよ。どうして?」
蓮見は顔を上げて葉月を見ると、「私に言われてもわかりませんよ。考えられることとしたら、前世に関する記憶のほとんどが消えてしまったんじゃないですかね? 私に関しては覚えててくれたみたいですけど、私がモモの生まれ変わりって言うことまでは多分覚えてないと思います」と言った。
「じゃあ、何か記憶を思い出させる方法はないの?」
「私は知りませんけど、調べたらあるかもしれないですよ」
葉月と蓮見が話しているところで、翔と友達の集団が蓮見を呼ぶ。
「おーい! 蓮見、置いてくぞー」
「わかったー! じゃあ葉月さん、これで葉月さんよりも私がリードしたことになりますけど、そんなに落ち込まないで元気出してくださいね」そう言うと蓮見は走って翔たちの元に行った。
少し遠くから見ていた朱里が一人になった葉月に近寄ってきた。
「葉月、どうだったの?」
翔たちが去っていく姿を見ながら、「飲みに行きましょう」と葉月が言った。
「え? あ、ああ、うん。じゃあ後でちゃんと教えてよ?」
葉月が落ち込むことを予想していたのか、朱里は意外と平気そうな葉月を見て驚いたように見えた。
翔が自分の記憶を失った。
できれば信じたくないことだったけど、事実なんだから仕方がない。
しかし、記憶を思い出させる方法があるかもしれないと言うことを蓮見から聞いて、葉月は少し希望を見出せた気がした。
朱里に翔と何があったか教えてと言われたけど、前世の記憶については今まで通り話さないつもりだ。だから翔に相手にしてもらえなかったと適当に誤魔化すしかない。
これから翔との関係はどうなってしまうんだろうか。
もしも、このまま終わりなんてことになったら━━。
いや、後ろ向きになっては駄目だ。
こんな時こそ前向きになって、翔の失われた記憶を取り戻すんだ。
葉月は翔の記憶がいつかまた戻ることを信じて、夜空に願った。
☆
新宿駅を歩いていると、どうしても昨日の出来事を思い出してしまう。
昨日はこの場所で、翔を一日中待っていたんだっけ。
思い出したら悲しくなってきて、葉月は忘れるために首を横に振った。
「葉月ー! 今日はいっぱい飲んで忘れるぞっ」
まだ飲む前だと言うのに、すでに朱里は酔っ払っているように見える。
「朱里さん、何でそんなに元気なんですか」
「私が元気でいなかったらどうするの。元気がないのは葉月だけで十分だよ」
「確かに、それもそうですね」
葉月と朱里は改札を出て、居酒屋までの道を歩いた。
「あ、ねえ、あれってもしかして……」
朱里が何かを言いかけて途中で言うのをやめた。
「何ですか?」
「やっぱり! あそこで歩いてる子、翔くんじゃない?」
「えっ! どこですか?」
翔と聞いてすぐに反応した葉月は、周囲を見渡した。
「ほら! あそこのコンビニの前にいる子!」
朱里に言われた場所を見ると、葉月は驚いて心臓が一瞬だけ止まったような気がした。
そこに翔と何人かの友達が一緒にいたからだ。
よく見ると、その中には蓮見もいた。
「本当だ……!」
「葉月、話しかけてき……あれ?」
朱里が何かを言い終わる前に、葉月は翔の元へ駆け出していた。
(翔、翔……!)
人混みの中で人を避けながら夢中で走る。
走っている途中で男の人にぶつかり、「いってーな! ちゃんと前見ろよ!」と怒鳴られ、すでに前に進んでいた葉月は「すみません!」と後ろを振り返って走りながら謝った。
(訊こう、会ってちゃんと理由を……!)
周囲にいる人々は走る葉月を見て、物珍しそうに驚いている。
葉月はそれでもお構いなしに、ただ翔を目指して走った。
翔の前まで来ると、葉月は息せき切らしながら足を止めた。
そして友達と楽しそうに話している翔に向かって、
「翔っ……」と葉月は呼んだ。
途中から背中を向けていた翔は、振り向いて葉月を見る。
続けて蓮見や他の友達の視線を浴びる。
「葉月さん……」蓮見が言った。
翔は何も言わず驚いた顔で葉月を見ている。
「翔、何で昨日待ち合わせ場所に来なかったの? それに連絡もしてくれないし、一体どうして?」
葉月は一心不乱になって翔に訴えた。
怪訝そうな顔をした翔は葉月を見て、
「━━えっと、誰ですか?」と言った。
(え……?)
予想もしていなかった翔の答えに、葉月は絶句した。
「翔くん……誰って、葉月さんじゃん。忘れたの?」蓮見が呆れたように言った。
「え? 葉月さん? すみません。俺たちって前にどこかで会いましたか?」
まるで初めて会った赤の他人のように言っている。
目の前で起こった出来事が信じられなくて、葉月は固まったまま何も言葉を出すことができなかった。
翔は何も言わない葉月を見て、話す気がないことを悟ったのか、友達とコンビニの前から立ち去ろうとしていた。
「ちょっと待って、翔……」
すぐに翔の元まで行こうとしたが、葉月の目の前に友達と一緒にいたはずの蓮見が現れ、行く手を阻んだ。
「葉月さん、もう無駄ですよ。翔くん、葉月さんのこと完全に忘れてます」
「蓮見ちゃん……」
冷静に言う蓮見に対して、葉月は動揺を隠せずにいた。
「私、前に調べたことがあるんですけど、前世の記憶を持った人って、大人になるにつれて記憶が失われていくらしいんです。普通は生まれた時から五歳くらいまでの子供しか覚えてないみたいなんですけど、私たちみたいに高校生になっても、まだ前世の記憶が残っているのは珍しいケースなんですって」
葉月は蓮見の話をただ呆然としながら聞いていた。
「だから、私たちは前世の記憶を覚えている期間が単に長かっただけで、こう言う記憶はいつまでも残るものじゃないんですよ。私は偶然にも今はまだ記憶が残っていますけど、いずれ翔くんみたいに記憶がなくなるんだと思います」
「記憶が、なくなる……」
葉月に同情したのか、蓮見は悲しげな表情になって下を向いた。
「残念ですけど、もう翔くんの記憶は戻りませんよ」
「そんな……でも、前世の記憶だけなくなるならまだしも、今世で翔と私が過ごした記憶までなくなるなんて変だよ。どうして?」
蓮見は顔を上げて葉月を見ると、「私に言われてもわかりませんよ。考えられることとしたら、前世に関する記憶のほとんどが消えてしまったんじゃないですかね? 私に関しては覚えててくれたみたいですけど、私がモモの生まれ変わりって言うことまでは多分覚えてないと思います」と言った。
「じゃあ、何か記憶を思い出させる方法はないの?」
「私は知りませんけど、調べたらあるかもしれないですよ」
葉月と蓮見が話しているところで、翔と友達の集団が蓮見を呼ぶ。
「おーい! 蓮見、置いてくぞー」
「わかったー! じゃあ葉月さん、これで葉月さんよりも私がリードしたことになりますけど、そんなに落ち込まないで元気出してくださいね」そう言うと蓮見は走って翔たちの元に行った。
少し遠くから見ていた朱里が一人になった葉月に近寄ってきた。
「葉月、どうだったの?」
翔たちが去っていく姿を見ながら、「飲みに行きましょう」と葉月が言った。
「え? あ、ああ、うん。じゃあ後でちゃんと教えてよ?」
葉月が落ち込むことを予想していたのか、朱里は意外と平気そうな葉月を見て驚いたように見えた。
翔が自分の記憶を失った。
できれば信じたくないことだったけど、事実なんだから仕方がない。
しかし、記憶を思い出させる方法があるかもしれないと言うことを蓮見から聞いて、葉月は少し希望を見出せた気がした。
朱里に翔と何があったか教えてと言われたけど、前世の記憶については今まで通り話さないつもりだ。だから翔に相手にしてもらえなかったと適当に誤魔化すしかない。
これから翔との関係はどうなってしまうんだろうか。
もしも、このまま終わりなんてことになったら━━。
いや、後ろ向きになっては駄目だ。
こんな時こそ前向きになって、翔の失われた記憶を取り戻すんだ。
葉月は翔の記憶がいつかまた戻ることを信じて、夜空に願った。
☆
