一か月後、父は退院した。

発症後すぐに救急車で搬送されたことや適切な手術や治療を受けられたおかげで、父の体には何の障害もなく、無事に社会復帰することができた。

 葉月と父の関係があれからどうなったかと言うと、父が手術をした翌日、葉月が父に謝ったことをきっかけに仲直りすることができた。

最初はぎこちなくではあったが、段々と話すようになり、今では普通に会話をすることができている。

前と同じようにとはまだいかないが、それでも何も話さなかった頃よりは、ずっといい親子の関係に戻りつつあった。

 莉乃はと言うと、父が退院する前に約束通りお見舞いに来て、葉月に誤解をさせたことを謝っていた。他にも大学の関係者や親戚も来て、父はたくさんの人から励ましを受けていた。

 今日はそんな父の退院祝いの日。

葉月と翔は山梨の実家に帰り、玄関で父と母に挨拶をしてリビングに入った。

 中に入るなり、葉月は棚の上に置いてある写真立てを目にした。

「懐かしいー」葉月はそう言うと写真立てを手に取った。

 その写真立ての中にあった写真に写っているのは、笑顔でハルを抱き締めている幼い頃の葉月だった。

「何か俺、変な顔してる」

 翔に言われて写真に写っているハルをよく見ると、完全に目を閉じていた。そんな顔のハルを見て、思わず吹き出しそうになったが、葉月は何とか堪えた。

 その後椅子に座り、全員が揃ったところで乾杯をして父の退院を祝った。

 テーブルには母が腕によりをかけて作った料理がいくつか並べられている。

 どれも美味しそうだ。

「お父さん、体調は大丈夫なんですか?」

「ああ、今はもう大丈夫だよ」

「治ったからって絶対に無理はしないでね」母が釘を刺すように言った。

 そんな三人の会話を聞きながら、葉月は黙々とご飯を食べていた。

翔も一緒になった家族が全員揃うのは一体何年ぶりだろう。

 翔は父が倒れた時に、葉月と共にいち早く駆けつけたこともあって、父と母に気に入られ、父の退院祝いに快く招待された。

父と母には、翔がハルの生まれ変わりと言うことを告げてはいなかったが、もはやその必要はないくらい家族に馴染んでいる。

 葉月はそんな翔を微笑ましく見ていた。

「翔くん、遠慮せずにたくさん食べてね」母は翔を見ながら言った。

「はい、ありがとうございます」

「それにしても、お父さんが倒れたって聞いた時は心臓が止まるかと思ったよ。一時はどうなることかと思ったけど、何事もなく退院できてよかった」これまで一番父のことを心配していた母がホッとしたように言った。

「心配かけてすまなかったね。葉月やお母さんだけじゃなくて、翔くんにも迷惑かけてしまって申し訳ない」

「俺のことは気にしないでください。でも、お父さんが元気になってよかったです」

「翔くんは本当にいい子だね。うちの子になってほしいくらいだよ」父が冗談めかして言った。

「ちょっとー。私の立場は?」葉月がそう言うと、皆が笑った。

 母はひとしきり笑った後、「葉月とお父さんもずっと口を利いてなかったけど、こうして仲直りできてよかった。私はもうずっとこのまま喧嘩したままなのかと思ったからね」と言った。

「本当ですね」

「これも翔くんが葉月と一緒に病院まで来てくれたおかげだよ。葉月は多分一人だと病院まで来なかったと思うから。翔くん、本当に感謝しているよ。ありがとう」

「いや、そんな、俺大したことしてないです」

 翔は謙遜していたが、実際、翔のおかげで葉月と父は仲直りすることができたんだ。

父だけではなく葉月も、翔には感謝してもしきれないと思っている。

 食事を終えて食器の後始末をした後、各々がリビングでゆっくりしていた。

 この機会に葉月は、ずっと疑問に思っていたことを父に聞くことにした。

「お……お父さんっ」

 葉月はソファに座っている父にぎこちなく話しかけた。

父を呼ぶのがぎこちないのは、まだ呼び慣れていないからだ。これまで葉月は不倫の件で誤解をしていたために、父をお父さんと呼びたくなくて、ずっとあの人と呼んでいた。

しかし問題が解決した今、葉月は四年ぶりにお父さんと呼んだ。

「何?」

 父は葉月にお父さんと呼ばれて少し嬉しそうだ。

「四年間ずっと口を利かなかったこと、怒ってないの?」

「別に、怒ってないよ」

「本当に?」

「本当だよ。でも……ちょっと寂しかったかな」父は恥ずかしそうにそう言った。

キッチンから葉月たちの会話を聞いていた母が「ちょっとじゃなくてかなりでしょ? 葉月は何で口を利こうとしないんだろうって、何回も寂しそうに訊いてきたのはどこの誰?」と言った。

「お父さん、可哀想だな」翔が独り言のように呟いた。

 母や翔の言うことを聞いて、葉月は胸が痛んだ。

自分のせいで父を長い間寂しませてしまったと思うと、悔やんでも悔やみきれない。

「でも、今こうして葉月とまた話せるようになったんだから、結果オーライだよ」

父はあくまで前向きだ。

 罪悪感はあったが、そこまで気にしていない父の様子を見て、葉月は少し救われた気がした。

「それより葉月、東京での暮らしはどうなんだ? 今までの話、いろいろ聞かせてくれよ」父がそう言うと、葉月は笑顔で頷いた。

 これまでの空白の期間を埋めるように、葉月は大学や会社での話を父に心ゆくまで話した。

葉月が話している間、父は終始楽しそうに聞いてくれた。

 こうして父との仲直りを果たし、親子として何の問題もなく話せるようになった今、葉月はようやく胸のつかえが取れたような気がした。

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