昨晩、翔からラインが何通か届いていたけど、全部既読もつけていない。

 このまま逃げていたくはない自分と、逃げていたい自分が心の中でずっと葛藤している。

逃げずに翔と関わらなければ、と思うのに、今の自分にはどうしてもそれができない。

 憂鬱なまま出勤しようとしている自分をどうにかするために、葉月は一人で、会社近くのカフェにモーニングを食べにやって来た。

店内を見回すと、偶然にも早坂が窓際の席に座っていた。

葉月は早坂の傍まで行き、話しかけた。

「早坂さん。おはようございます」

「おはよう、長谷川さん。こんなとこで会うの珍しいね」

「そうですね。早坂さんはいつもここで朝食を食べてるんですか?」

「うん、そうだよ。俺のおすすめはこのAセットかな」

「じゃあ、Aセットにします」葉月はそう言った後、早坂の隣の席に座り、店員をベルで呼んで注文した。

「何かまだ元気なそうだけど」

「見えちゃいました? そうなんですよね。だから今日は、いつも行かないカフェに来て、気分転換でもしようと思って」

「なるほどね。いいじゃん」早坂はいつもの爽やかな笑顔を葉月に向けて言った。

早坂は月野と同じく、実は女子社員から人気がある。優しくて気が利いて、周りをよく見ていて、葉月のように元気がない人に声をかけているところを何度か見かけたことがある。

あんまり一緒にいたら、他の女子社員に誤解されてしまうかもしれないと思い、周りを少し警戒しながら早坂と話した。

「早坂さんは、悩み事とかあんまりなさそうですよね」

「え? 何で? 結構あるよ。悩み事」

 葉月は意外に思った。何事にもさっぱりとしている早坂にも、そんなに悩み事があるのかと。

「本当ですか?」

「うん。今日の昼どこで食べようかなとか、今狙ってる時計を買うか買わないかとか、今週末はどこで写真撮りに行こうかなとか」

 葉月は苦笑いをした。どれも可愛い悩みばかりで、やはり早坂はそんな重要な悩みなど抱えてはいないのだと思った。

「あ、今そんな大した悩みじゃないなって顔したよね? でも俺にも一つだけ、大きな悩みがあるよ」

「何ですか?」葉月は固唾を呑んで訊いた。

「気になる女の子の気を引くにはどうしたらいいかな、とか」早坂はそう言ってから、一瞬葉月を見た。

 葉月は早坂の真剣な顔を見て胸がドキリとした。

「早坂さん、好きな人いるんですか?」

「うん」早坂は表情を変えず、至って冷静だ。

「そうなんですね」葉月はそれ以上話を広げることはしなかった。その相手が誰なのか気になったが、それは誰ですかと訊く勇気は葉月にはなく、何も言えずにいた。

 そして少しの沈黙が流れてから、Aセットが運ばれてきた。早坂と葉月は運ばれて来たモーニングを食べながら、早坂の今ハマっている動画の話をした。

 ☆