「やばい。めちゃくちゃ美味しそう」

 目の前に運ばれてきたスペシャルピーチパンケーキを見て、翔は目を輝かせた。

すぐにスマートフォンを取り出し、恒例のように写真を撮り始める。

「翔、私お腹すいたよ」

「葉月さんは先に食べててください。俺は、今日このパンケーキをインスタにアップしないといけないんで」

 翔はまるでインスタグラムに命を懸けているかのように見えた。そんな翔の姿を葉月は呆れながら見た。

「葉月さん、いいねお願いしますね」

「そう言うのって、自分からお願いするものなの?」

翔は写真を撮るのをやめて、「だって、葉月さんいつもいいねくれないじゃないですか。お互いフォローし合ってるのに」とふくれっ面をしながら葉月を見て言った。

「ごめん。私あんまりインスタ見ないから、気づかなくて」

「それじゃあインスタやってる意味ないじゃないですか。だから、今日はしてくださいね」

「気が向いたらね」

「あー。そうやって、またいいねしないつもりだ」

 翔が葉月を疑いの目で見た。

図星を突かれた葉月は慌てて、「早く食べないと、パンケーキについてるアイス溶けちゃうよ。私先に食べちゃうね。いただきまーす」と言って合掌をした後、一人でパンケーキを食べ始めた。

「何か見てたらお腹空いてきた。俺も食べよう」そう言うと、翔はスマートフォンをテーブルの上に置いて、すぐにパンケーキを食べた。

 葉月は食べている途中、ふと今日の夢のことを思い出した。

思い出した直後、急に食欲がなくなり、葉月のパンケーキを食べる手が止まった。

「これめっちゃ美味いですね。生きてて良かったー」

「…………」

「葉月さん?」

 葉月から何も返答がないことをおかしいと思ったのか、翔は視線をパンケーキから葉月に移した。

ようやく葉月の食べる手が止まったことに気づいたようだった。

「あれ? 食べないんですか?」

「ううん、食べるよ」

 葉月は翔に言われてから急いでフォークとナイフを手に取った。そしてパンケーキを切って自分の口に無理やり運ぼうとすると、翔はパンケーキを口の前まで持ってきていた葉月の手を止めた。

「何?」

「何か無理して食べようとしてませんか?」

「無理してないよ」

「無理してますよね。何か悩みでもあるんですか? 俺でよければ聞かせてください」

 翔は真剣な顔をしている。

 その顔を見た葉月は、もう誤魔化しきれないと思った。

「実は、今日昔の夢を見たんだ」

「昔の夢?」

「そう、今まで思い出さないようにしてたんだけど、なぜか夢で見ちゃって」

「それは、どんな夢ですか?」

 葉月は翔に夢の内容を伝えようとしたが、父と莉乃のあの卑劣な光景を思い出し、言いたくはない思いに駆られた。

きっと今言ってしまったら、自分が自分でいられなくなる気がする。

「ごめん。夢の内容までは、今はちょっと話せない」そう言うと葉月は俯いた。

「そうですか。無理には訊かないですけど、もしまた話せるようになったらいつでも言ってください。話せば楽になるかもしれないし」

深追いをしてこなかった翔に、「うん、わかった」と葉月は安心しながら言った。

「あ、そうだ。葉月さんのパンケーキ、俺にも一口くださいよ」

「いいよ」

「俺のもあげます。はい、口開けてください」

翔はフォークで小さく切ったパンケーキを刺し、葉月の口の前まで持ってくる。

予想外の翔の行動に驚きながら、葉月は自分の口の前に両手を出して、
「えっ、そんな、自分で食べるよ。恥ずかしいし」と言って拒否をした。

「遠慮しないでくださいよ」

 抵抗する葉月を前にしても、翔は中々諦めようとはしなかった。

葉月は翔のしつこさに参って、仕方なく翔が差し出してきたパンケーキを食べた。

「美味しい」

「でしょ? じゃあ次は葉月さんの番ですね」

翔は口を開けながら、葉月がパンケーキを食べさせてくれるのを待った。

「それだけは無理。はい、お皿に乗せておくね」

口を開けたままにしている翔を余所に、葉月は翔の皿の上に自分のパンケーキを小さく切って乗せた。

翔は「えー」と言ってあからさまに落ち込んでいるように見えた。

そんな翔を見て、葉月はつい吹き出してしまった。

「葉月さんひどい。笑わないでくださいよ」

「ごめんごめん」葉月は笑いながら言った。

翔は葉月を元気づけようとしてくれたのかもしれない。

 食欲が戻ってきたため、葉月は再びパンケーキを食べ始めた。

「よかったあ、葉月さんが元気に戻って。俺、このまま葉月さんが元気にならなかったらどうしようかと思いました」

 明るくなった葉月を見て、翔は安堵の表情を浮かべた。

「ごめんね。せっかくまた一緒にパンケーキのお店に来たって言うのに、私ってば……」

「いや、そんな気にしないでください。でも、俺は悲しい顔の葉月さんなんてらしくないと思うし、葉月さんにはずっと笑顔でいてほしいって思うんですよ」翔はそう言うと照れ笑いをした。

 翔は、いつだって優しい。

 そんな翔になら、今日見た夢のことを打ち明けられるかもしれない。それにこのまま嫌な気持ちを一人で抱えているのも、きっとよくない。

葉月は思い切って翔に話すことに決めた。そして手に持っていたフォークとナイフをテーブルの上に置いた。

「翔、さっきは夢のこと話さないって言ったんだけど、やっぱり話してもいい?」

「いいですよ、俺も聞きたいですし」

「実は今日見た夢、父親の夢だったんだ」

 葉月がそう言うと、翔の体はぴくりと動いた。

「葉月さんのお父さんの夢?」

 葉月は無言で頷くと、父やハル、莉乃のことを説明した上で、今日見た夢の話を一通り翔に話した。

 時折、翔は頷いたり相槌を打ったりしていた。

「━━と言うわけなんだけど」

「なるほど」

翔は何かを考えるように、顎を手で触りながら言った。

「私これが原因で、四年間あの人と口を利いてないんだ。言っちゃえばこれは完全に不倫だから。もう顔を会わせるのも嫌で正月も家に帰ってないし、ハルのお墓参りもできてない」

 葉月は考えるだけで胸が締め付けられた。

「だからだったんだ。葉月さんが実家に帰らない理由」

「えっ……?」

「俺、ずっと不思議だったんですよ。葉月さんが長い間家に帰ってないこと」

 翔が何を言っているのか分からずに、葉月は自分の耳を疑った。

「でも、やっと今日その理由がわかった」

「どう言うこと? 私が実家に帰ってなかったこと知ってるって」

 葉月は翔にはまだ実家に帰っていないことは話していないはずだ。それなのに何で━━。

「この際だから言っちゃいます。俺、今まで葉月さんに隠してたことがあるんです。信じてもらえないかもしれないですけど、聞いてくれますか?」翔は急に改まって言った。

「え、うん。なに?」葉月は動揺しながら答えた。

 翔に出会ってからこれまでの間、ずっと翔の言おうとしていたことが何かを考えてきた。でも、いくら考えてもその答えは出せなかった。

それが今、ようやく聞ける。

そう思ったら胸が熱くなってきたと同時に、葉月は緊張からか固唾を呑んだ。

 勿体ぶって話さない翔に葉月は思わず、「翔?」と訊いた。

 翔は深呼吸をした。そしてゆっくりと口を開いてこう言った。

「実は俺━━ハルの生まれ変わりなんです」