グロース家の朝。

 ──今日もだわ。

 私はリビングの扉を開けると、視界に入ってきた様子を見て立ち止まった。

 部屋の一番奥には大きく切り抜かれた窓枠があり、庭から差し込む日の光が白壁にあたり部屋をより明るくしてくれている。
 その室内には、難しい顔をしたお父様とお兄様の姿があった。

 ふたりとも中央に配置されているソファに座り、テーブルの上に置かれている書類を見ながらなにか相談している。
 私が入ってきたことに気づくこともなく、真剣な眼差しで話し合いをしている。

 最近、お父様とお兄様の様子がおかしかった。
 もしかして、家に関してなにかトラブルでも起きているのだろうか。

 私で力になれることがあるならば、お手伝いしたい。
 ぐっと手のひらを握りしめると、ひと呼吸置いて声をかけた。

「お父様。お兄様」
 ふたりは私の声に弾かれたようにこちらを見ると、「シルフィ」と優しく名を呼びながら微笑む。
 けれど笑みはこわばっていて、私はますます心配になってしまう。

「なにがあったのですか?」
 お父様はお兄様と顔を見合わせ、しばし思案した後、ゆっくりと口を開いた。

「ああ。実はアッシャードで少し問題が起きてね。特産品のひとつであるリネン事業が危機的状況に陥っているんだ」
 リネンとは亜麻を原料とした繊維のこと。
 日本では幅広く使われるリネンだけれど、こちらの世界では寝具用がメインだ。
 調べてみると、今から五百年前に大陸全土を支配しようとしたリグレッドの皇帝が、リネンを寝具として愛用したのが始まりだそうだ。

 リグレッドは当時、四つの大陸のうち三つを制覇しており、各国の王たちがそれにあやかろうと、こぞって寝具をリネンへと変更し、やがて「リネン=寝具の図式」ができたという。

 リグレッド自体は今から三百年前に滅んだが、いまだにその名残は色濃く残っていて、とくにアッシャード製のリネンは高品質で人気が高い。
 アッシャードでは人口の六割がリネン草の農家や工場関係者だ。

「それは困りましたね。農家や工場関係者の生活に支障が及びますね。今年、リネン草が不作だったという話は聞いたことがありませんので、工場でなにかあったのですか? 」
 アッシャードには大きな工場地帯があり、敷地内には製糸工場やリネンの加工工房などの建物が立ち並んでいる。

「これを見てくれ」
 お兄様が差し出したのは、工場の取引業者リストだった。