ラバーチェ家は彼女の四代前まで四大侯爵家の一つだった。

 けれど、彼女の曾祖父の時代に領地の不正に手を貸した疑惑により侯爵から伯爵に降格。
 当然、四大侯爵の座からも転落した。

 そして、その時ラバーチェ家の代わりに私の家、グロース家が四大侯爵の座に就いた――そんな経緯がある。

 それ以来、ラバーチェ家は代々私たちグロース家を恨んで常に目の敵にしている。

 ……ゲームの中にエクレールなんてキャラはいなかったはず。

 こんなに強烈キャラがいたら覚えているもの。彼女の方がよっぽど悪役令嬢っぽいわ。

「まぁ! ごめんなさい。シルフィ様。ちょっとよそ見をしていたら、軽くぶつかってしまいましたわ。もちろん、許してくださいますよね? だって、四大侯爵ともあろう家柄のご令嬢が、伯爵家の娘に軽くぶつかられたくらいで、苦言を呈するなんて、そんなみっともない真似はできないはずですもの」
 尻もちをつかせるほどの衝撃を与えておいて軽くぶつかりましたとは、あきれたものだ。

 彼女は〝現・四大侯爵グロース家〟の人間である私が目障りなのだ。
 だから、なにかと言いがかりをつけてくる。

 しかし、そんなことでは動じない。別に今日が初めてではないのだ。

 夜会では嫌みも何度も言われているし、私だけではなく、お父様や先代のお祖父様たちも被害を受けてきた。
 先代の時に抗議をしたこともあったが、余計悪化したため、穏便に済ませようとグロース家はずっと事を荒立てずにやってきた。

 私がここで感情的になれば騒ぎになってしまう。

 せっかくの入学式というハレの日に、ほかの生徒に迷惑をかけるわけにはいかない。
 私は深呼吸を数回繰り返して気を静めた後、口を開きかけると、先に取り巻きのティーナがしゃべりだした。

「あら? シルフィ様。その鞄、どちらのものですか? レザー小物で歴史と伝統がある有名なルーベスト国のものではありませんわよね。もちろん、私やエクレール様はルーベスト国で作ってもらいましたのよ。職人の中でも五本の指に入る方に。もしかして、四大侯爵なのに作ってもらえなかったのですか? まぁ、かわいそう。私たちはすぐに作っていただけましたわよ。ねぇ、エクレール様」
「えぇ。本来ならば三年待ちなのに、特別に作ってくださったの。私の家に恩があるからだって。シルフィ様のもの、とても素晴らしい職人が作り上げたのでしょうね。四大侯爵ですし」
「鞄は領地の職人から入学祝いにいただきました」
「まぁ! 領地ですって」
 エクレールが鼻で笑うと、取り巻きふたりもクスクスと笑いだす。

 自分が笑われるのはかまわない。でも、お祝いの鞄や領地を馬鹿にされるのは許せない。私はこめかみが痙攣するのを感じながら、ぎゅっと拳を握りしめた。
「我が校は鞄に関してとくに規定はありません。領地の職人はとてもいい仕事をしておりますわ。侮辱はやめていただきたい」
「あら、負け惜しみ?」
 あぁ、いるよなぁ……こういう人……。
 ただでさえ自身の悪役令嬢フラグを降ろすのに大変なのに、さらなる悪役が登場するなんて! ゲームにはいなかったエクレールという強烈なキャラが加わり、学園生活に暗雲が立ち込める。

 四年間、私の精神が持つだろうか?

……と思っていると、「シルフィ!」と私の名を呼ぶ声が聞こえた。

 弾かれたように声のした方へ顔を向けると、黒髪の精悍な少年がこちらに駆けてくる。
 耳が少し隠れるくらいまで清楚に切りそろえられた漆黒の髪に、海を思わせる青色の瞳。
 彼はクリーム色のワイシャツを着て、その上に灰地のジャケットを羽織っている。ジャケットの襟は黒地に白のラインが入っていた。下は黒のズボンを履いている。

 制服の上からでもわかる鍛え上げられた筋肉質な体は見るからに屈強そうだ。

「シルフィ、大丈夫か?」
 目の前に現れた彼は、いきなり私を抱きかかえた。

 だ、誰? なんでいきなりお姫様だっこ!?

見知らぬ青年を注視すると、左目の下に泣きぼくろがあることに気づく。

 ん? もしかして……。

 漆黒の髪に海色の瞳。それから、泣きぼくろ。
「アイザック!?」
私は突如思い浮かんだ名前を叫んだ。