悪役令嬢はお断りします!~二度目の人生なので、好きにさせてもらいます~


「本当にかわいいよ。俺の婚約者は。五年前から変わっていない。ずっとシルフィはかわいくて愛しいままだ」
 アイザックは私を抱き寄せると、こめかみに口づけを落とす。
 慌てて辺りを見回したが気を利かせてくれているのか、いつも見送りをしてくれている使用人たちの姿がなかった。
 
 誰にも見られなくてよかったわ。
 知り合いに見られたら恥ずかしくて顔から火が出そうになっちゃうもの。

 ──アイザックばかり余裕があるなんて、ちょっと悔しいかも。

 私は背伸びをすると彼の頬にキスをした。
 すると、アイザックはこれ以上開けないだろうというくらいに目を見開き、私の方を見た。何度も瞬きをしたまま、自分の頬に手をあてている。

「……本当にかなわないよ……シルフィには」
 真っ赤に染めている顔を隠すようにアイザックが片手で顔を覆う。

「このまま家に連れて帰りたいが、シルフィは久しぶりの学校だもんな」
「うん」
「名残惜しいけれど登校しよう。ウォルガーたちも待っているだろうから」
 アイザックが扉を開けてくれたので外に出ると、「おはようございます!」という元気な声に出迎えられる。
 まったく予想もしていなかった人物の声音だったため、私はちょっと狼(ろう)狽(ばい)した。

「マイカ!?」
「ちょっと待て。なんでいるんだ!?」
 どうやらアイザックも想定外だったらしく声がうわずっている。

「それはこっちの台詞ですわ。シルフィ様の久しぶりの登校ですのよ? 当然、私がお迎えにあがります」
 マイカが得意げに言う。

「いいよ、俺がいるから」
「はっ。さっそく彼氏面ですか」
「彼氏面ではなく、婚約者面だな」
「嫌だわー。まだ正式な婚約をしていないのに」
「冬休みに正式な婚約を交わす予定だ」
「あら、偶然。私も冬休みには実家に帰ろうかなと思っていますの」
 ふたりは相変わらずの仲らしい。お互い睨み合いながら見えない火花を散らしている。

 えっ、この関係もずっと続くの? というか、このまま硬直状態が続いたら確実に遅刻する。
 私はふたりの間に入るよう立ってそれぞれと腕を組んだ。

「シルフィ!?」
「シルフィ様!?」
「三人で仲よく行きましょう。遅刻するわ。ね?」
「なんて天使。朝から宗教画に描かれているような神々しい笑顔をありがとうございます。お金を払ってこの笑顔が見られるのならば、支払わせてください」
「そこは同意する。払いたい」
 私はふたりを交互に見て「払わないで」と言う。

「払わないで」
 こういうところはふたり意見が合うよね。本当に仲がいいのか悪いのかわからないふたりだ。
 
 エクレールにはめられてシナリオどおり悪役令嬢としての人生を終えかけたけれど、悪役令嬢ポジションからヒロインポジションに交換して生き延びた。

 これからは悪役令嬢シルフィとしてではなく、シルフィ・グロースとしての人生を歩む。
 悪役令嬢のシナリオが終了したのでシナリオはもうないけれど、きっと大丈夫。

 私には愛する人と大切な友人たちがそばにいてくれるから──。