感情的な社長とは対照的に
素知らぬ顔でオフィスビルの長いエレベーターを降り
多くの人が行き交うエントランスを歩く西園寺。


「あ、西園寺さん!」


2人のやり取りなど何も知らないイトカは
珈琲を片手に西園寺に駆け寄っていく。


「話は終わったんですね。
 大丈夫でした?
 社長、なんか怒っている感じでしたから
 何か言われたんじゃ…」

「大丈夫ですよ。
 世間話を少々していただけなので
 特に何もありませんでしたから」


『まさか酷い事を言われたんじゃ…』と
少し心配もしていたが
穏やかに優しく微笑む彼を見たら
その心配は消え、ホッと胸を撫でおろした。


自分の事を案じてくれる彼女の優しさに触れ
西園寺の中で”欲”が生まれる。


「…欲しくなりますね」


聞こえるか聞こえないかの小声で
意味深なセリフを口にしたが
イトカの耳には届いていない。


「そういえば木瀬様は
 柴永様のご婚約者でしたよね?」

「あ、はい、一応…
 ですがまだ正式に”結婚”ってワケじゃなくて…」


苦笑いを浮かべながら
曖昧な返事をするイトカに
西園寺も首を傾げる。