どうして、私ばっかりだと思っていたんだろう。


会社が別々になってしまったら、どれほどのことが変わってしまうかを、棗も考えて、棗なりに悩んでたんだ。

私が知るよりも前から、私に、気づかれないように。



反射的に開いてしまったまぶたを再び閉じて、ふれていた棗のシャツを、小さく掴んだ。


「ん」


棗のキモチに近づきたくて吸い込むと、柔軟剤のにおいに混ざって香る、棗のにおい。


後頭部と首筋をやさしく包む、骨ばった熱に、泣きたいような、抱きしめたいような、そんなあたたかさが広がっていく。


「とられたくない。仕事にも、距離にも、時間にも。…俺以外の、誰かにも」


「…それは、私だって一緒だよ」


3年半、棗の1番ちかくにいたからって、これから先も、それが私だって保証はない。


会社が変わってしまったら、なおさら。

今まで出会っていなかったステキな人と、縁が結ばれてしまう可能性があるんだから。



それでも、そうだとしても。


「棗をとられたくない。私だけ、みててほしいよ」


カタチや環境が変わっても、ずっと。


多くは望まない。こんなにシンプルで揺るぎない願いなのに。少なくても、過ごしてきた3年半では、深まっていった想いなのに。


…本当に、叶えることは難しいのかな。



考えていると、おでこから熱が離れていくから、追いかけるように目を開けた。

その先に、私のすきな顔でわらう、棗がいた。


「知ってる」


自信たっぷりで、力強くて、いたずらで。
でもどこか、満足げでうれしそうな、そんな顔。


「だからやっぱり、必然だろ?」

「へ?」


「この先も、俺には沙紀だけだし、沙紀の代わりはいない。とられたくない。

…沙紀も同じなら、会社が別々になる今が、結婚するタイミングだと思ったんだよ」