「あんまり見るな、恥ずかしいだろ」

「素敵です、本当に」

モデルを引退した理由は聞いていない。一ノ瀬さんが私の過去を聞いたりしないのと一緒で、私も一ノ瀬さんの過去を聞いたり、気にしたりしない。

「この時、何を話していたの?」

ポスターの表情から瑞穂は、そのように読み取った様だ。

「教えない」

「ケチ」

「あ、それから、結婚式の相談はもう受けないから、誘ったりしないでね」

「え!? なんで!?」

「忙しいの、私。デートでね。休日出勤もちゃんと出なさいよ? 今まで休ませてあげたんだから、よろしくね」

瑞穂は呆気に取られていた。

冗談も言える、毎日が幸せだ。

まだ、哲也のことを思わない日はない。

何をしても哲也はこうだった、こんなことも話をしたと、思い出してばかりだ。

たまに一ノ瀬さんが言うことが、哲也が言っていたことと重なり、じっと見てしまうことがある。

なんとなく気付いているのだろうが、彼は何も言わないでいてくれる。

ただ、少しだけ以前と違うのは、一ノ瀬さんを想う割合が多くなっていることだ。

別れ際も離れたくない気持ちが強く、つい一ノ瀬さんを引き留めてしまう。疲れている一ノ瀬さんを休ませてあげたいと思う反面、ずっと私の傍にいて欲しいとも思ってしまう。

「嬉しいことを言ってくれる」

と、彼は言ってくれる。求めるとはこういうことなんだと、一ノ瀬さんが気付かせてくれた。

また誰かを愛せると思えたことが嬉しい。

「あ~届かない。横着しないで、脚立を持って来れば良かったかな?」

事務所総出で気合を入れている舞台「ベッドタイムストーリー」。

社内の至る所に、私と一ノ瀬さんがモデルを務めたポスターが貼られている。

貼るのを任された私は、最後の一枚をレッスン室の前に貼っていた。掲示板が大きくていいのだが、私の背丈では貼るのに無理がある高さだ。

背伸びをしてなんとか貼り付けていた時、伸ばした手に大きな手が重なった。