『落合、倉沢を揶揄うのはそこまでにしろ』


唐突に真後ろから声がして、振り返れば、通路の入口の壁に腕を組んで寄りかかり、呆れ顔でこちらを見ている関君の姿。

『せ、関君??いつからそこに…!?』
『すみません、倉沢さんの反応が可愛くてつい』
『えっ』

もう一度、落合さんを見れば、まるでそこに関君がいるのを知っていたようなそぶりを見せる。

『全く、仮にも目上の倉沢に”可愛い”とか』
『関さん、”仮にも”…なんて、その言い方の方が倉沢さんに失礼ですよ?』
『見た目じゃどう見ても倉沢の方が年下に見えるだろう』
『お言葉ですが、それは私が”老けている”ということでしょうか?』
『そんなこと言ってな…っと、マズい…まんまと落合のペースに流されるとこだった』

関君の物言いに、冷静沈着に返答を返す落合さん。

すぐに軌道修正を試みようとする関君に、落合さんが追い打ちをかけるように続ける。

『それより、倉沢さんの誤解は、きちんと解いておきましたから、安心してください』
『余計なお世話だ。落合の手を借りなくとも問題ない』
『そうでしょうか?私には関さんがこのところ、あまり仕事に身が入っていらっしゃらないように感じていたのですが…』
『馬鹿馬鹿しい。お前の気のせいだろ』

彼女が言い終わる前に、ややつっけんどんな口ぶりでそう言い放つと、関君はさっきから呆然と立ち尽くす私の手から、未来君の為に買った珈琲を取りあげ、落合さんに投げ渡す。

『そんなくだらないこと言ってる時間があるなら、さっさとこれでも持って簑島の尻を叩いておけ』

上手にキャッチした彼女は、そんな関君にも臆することなく『わかりました』と素直に応じ通路の出入口に向かう。

『関さん、こちらのことは気にせず、ゆっくり戻られてくださいね』
『煩い。一言余計だ』

落合さんは、通路に消える前に一旦こちらを振り返り、いつもの調子で『では、お先に失礼します』と会釈してから、何事も無かったかのように会議室に戻っていく。

残された私と関君は、消えていく落合さんの足音を聞きながら、しばらくその場に立ち尽くした。