『時間がない。俺はもう少しこの資料を精査して、効率のいい作業分担を決める。30分で終わらすから、その間に簑島は着替えて休め』
『着替えて直ぐに戻ります』
『いや、戻るのは30分後で良い』
『でも』
『お前どうせ昼抜きだろ?』
『え…』
『昼飯もちゃんと食ってこい。その代わり、その後は休みなしで動いてもらうから、覚悟しておけよ』
『はいっ、ありがとうございます!』

未来君はもう一度関君に頭を下げると、関君の指示通りに行動を移す。

残された私は、未来君の去った先を見たまま、あえて関君の方を見ようとはしなかった。

『まだ納得いってない、って顔だな』
『…別に』

嘘だ。

納得いっていないというよりも、関君の冷静で的確な判断と指示の前に、同じトレーナーなのに、ただ感服するしかない自分が情けなかった。

本来目の前に現れた救世主に、次いで出てこなければならないはずの感謝と謝罪の言葉が、すんなり出てこない。

心のどこかで燻り続ける何かが、自分自身の素直な言葉や感情を抑え込んでしまう。

『…まぁいい。今はゆっくり話している時間はない』

小さな溜息と共に、独り言のような呟きが聞こえ、もらった大量の資料を手に自分の席に向かう関君。

すれ違い様に肩に手を置かれ、そっと耳元で呟かれる。

『仕事に私情を持ち込むなよ』

その声は、酷く冷たく単調で、最もな正論。

…完全に、見透かされてる。

そして何よりも、肩に触れた手と、たったそれだけの短い言葉に反応して、胸の奥がキュっとなる自分に、我ながら呆れかえるしかなかった。