『違いますよ。別に大したことじゃ有りません』
『ん?』
『ただ倉沢が、あまりにもくだらない嫉妬で、子供みたいなこと言いだすんで…』

それは、まるで聞き分けない子供が大人を困らせているような呆れた口ぶりで、知らない人からしたら、これじゃどうみても単に私の我儘のように聞こえる。

羞恥と口惜しさで、カァっと頬が熱くなり、気を抜けば溢れ出そうになるものを必死に堪えた。

『関、お前な…』
『高崎さん、ごめんなさい』
『え』
『私、これ届けなきゃいけないので、これで失礼しますね』
『あ、倉沢さん!?』

無理矢理作った笑顔でそう口に出すと、高崎さんが何か言った気がするも、もう後ろは振り向かずに、そのまま二人に背を向け一気に階段を駆け下りる。

…確かに、子供じみているのかもしれない。


”『良い?しっかりしなさいよ。関君の”彼女”は朱音なんだからね』”


紗季に言われた言葉が、不意に頭に浮かぶ。

未だに、”関君の彼女”という、明確な自信も自覚も薄い自分。

実際今の私は、半年前と変わらず、単なる同期でたまたま同じ課で働く同僚と何も違わなかった。

他の同じポジションの人達と、大差はない。

…それでも、せめて落合さんくらい、関君にとって必要とされている存在であれば、まだ救われるのかもしれなかった。

こんな何のとりえも無い自分が、関君の身近にいる女性に嫉妬したり、私だけを見て欲しいなんて、子供じみていると言われても仕方ないのかも。

『これじゃ、ただの同僚だった頃の方が、ずっと楽…』

独り言のように呟けば、胸の奥がキュッと痛む。

…本当は、もう手遅れだと気付いてる。

言葉と裏腹に、この想いは、片想いだった頃よりずっと深くなって、今更ただの同僚になど戻れないのだということを…。