高崎さんの登場と、彼の発した言葉で、関君と私の口論はあくまでも仕事上の討論と解釈されたようで、途端に興味が薄れたのか、それらの人たちも皆、蜘蛛の子を散らすように各々に散っていく。

『すみません、高崎さん』
『いや、ちょうどいいタイミングだったな』

高崎さんは、二年前紗季のトレーナーだったけれど、その他にもいくつかの新人研修の講師もしていたので、関君とも周知の仲。

共に有能な人材でも、関君に欠如しているコミュニケーション能力が高く、周りからの人望も高い高崎さんは、関君にとっても尊敬する先輩の一人だ。

『今日は、仕事ですか?』
『ああ、営業の会議でね、さっき終わったとこ。久々の本社だから、いろいろ知り合いに挨拶して回ってたんだ』

”総務課にも行くつもりだったからちょうど良かった”と、爽やかな笑みを返してくれる。

『君らのことは、紗季に聞いてるよ』
『早坂の奴、余計なことを…』

関君が、バツが悪そうに、ここにいない同期に悪態を吐く。

私達より4つ程年上の高崎さんは、そんな関君を温和な表情で見据えつつ、彼に気付かれないように、意味ありげな笑みを私にくれた。

紗季と今回の件について話したのは、つい昨夜のこと。

おしゃべりで心配しいな彼女が、高崎さんに話をしてる可能性は充分にありえる。

『しかしさっきの関には驚いたな、珍しく冷静さを欠いて…周り、見えてなかったろ?』
『あれは…』
『らしくないな。倉沢さんのことになると、さすがのお前もお手上げという訳か』

高崎さんが揶揄うように言えば、関君は心底不愉快そうな顔をする。