関君を探すその声は、どうやら、財務の係長らしかった。

『せ、関君?係長、呼んでる…よ』
『ああ…わかってる』

不機嫌な声と共に、頬にあった手は放たれ、近づいた身もをゆっくり離されれば、ホッとすると共に、妙に寂しさも感じてしまう。

『倉沢』

いつもの関君の声音で、いつものように名前を呼ばれ、甘い時間から一気に目が覚めた。

『俺の都合で悪いが、来週末、予定空けといてくれ』
『う…うん?』
『来週は、必ずお前との時間作る』

こちらに背を向け、給湯室の出口に向かう。

『あ、関君、無理しなくても、私は待てるよ。仕事、優先で大丈夫だから』

私の言葉に一旦戸口で立ち止まり振り返ると、存外真剣な眼差しで続ける。

『お前の方じゃない…俺の方が、いい加減しんどい』
『…!』
『戻ってきたら、連絡する』

そう言い残すと、関君は何事も無かったような顔で、給湯室から出ていき、執務に戻っていく。

唐突に放たれた関君の意外な本音に、さっきから早音を打ち続ける鼓動が、また一段と跳ね上がる。

この数分間で、さっきまで燻っていた不安など、どこか吹き飛んでしまった。

それよりも、折しもその翌週に交わされた約束が、私の心を支配し始める。

手もキスも…もっとその先も、まだ何も始まっていないけれど、こんなにも想いは高まっていく。


”きっと、関君も同じ気持ちだって信じてもいいよね?”


先ほど関君に触れられた頬が、また熱を帯び心が乱され、情けないことに、直ぐ業務に戻った関君に比べ、私の方はそれから数分間、執務に戻ることができなった。