『あの』

気付けば、キーボードを叩く音がピタリと止まっていた。

『倉沢さん…私に、何か用だったのでしょうか?』

室内に入ってまだ何もする様子の無い私が、彼女に奇妙に思われて当然だった。

半身をこちらに向け訝し気に問う落合さんに、咄嗟に思い付いたセリフを口に出す。

『落合さん、カフェオレ飲める?』
『…カフェオレ?』
『うん、ホットじゃなくて、アイスのほうだけど』
『ええ、飲めますが…』
『私ね、コーヒー飲めないけどカフェオレが好きで、ここにマイ牛乳ストックしてるんだ。実は今、残り少なくて一杯だけじゃちょっと余っちゃうからどうしようかと思ってたの。良かったら1杯飲まない?』

私にしては、不自然にならない程度の嘘がつけた気がする。

落合さんは、特段不信がることも無く作業の手を止め『そういうことでしたら、頂きます』と、こちらに向き直ってくれた。

冷蔵庫から牛乳を出し、いつもの調子で作りだすと、彼女は手際よく自分のカップと、冷凍庫から氷を出してくる。

先を読んで行動するその一連の抜かりない動きに、やっぱり感心せざる負えない。

完成したカフェオレを中央のテーブルに置かれた二つのカップに注ぐと、マドラーで氷をカランとかき回す。

『落合さんのお口に合うと良いのだけど』
『いただきます』

ストローは使わずそのまま口に運ぶ、そのごく自然な所作さえも、彼女が行えば美しく見えた。