『朱音』

自分の名前を呼ばれ、足元に落ちていた視線をあげると、前を向いたままの関君がつっけんどんな口調で言う。

『勘違いするな』
『え?』
『俺の気持ちは変わらない』
『あっ』

そのセリフが、たった今、自分が心の中でつぶやいた不安に対するものだと気付き、驚いて口元を押さえた。

心の声が思わず声に出てしまったのかと、思ったから。

『口に出さなくても、お前の考えそうなことくらいわかる』

溜息まじりに吐き出すと、ちらりとこちらに視線を寄こし、目があうと、直ぐに逸らされた。

『それに…時間がかかるのは、最初から覚悟の上だ』

それは、忙しなく行き交う雑踏の中で、独り言のようにつぶやかれた。

怒っているようにも、照れているようにも見える表情で、ただまっすぐ前を向いたままに。

『…あり…がと』

私の気持ちを少し和らげようとしてくれた関君の優しさを感じて、少し気恥ずかしくなり再び視線を落としてしまう。

『おい、下向いてると迷子になるぞ』
『な、何よ迷子って。私、そんな子供じゃないよ?』
『どうだかな』
『ひどい』