『倉沢、俺宛の電話は、すべて落合にまわしといてくれ』
『あ、うん』

関君は後ろの落合さんにも一声をかけてから、そのまま主任と一緒に行ってしまった。

正面のいなくなったデスクの先に、落合さんの後ろ姿。

クールビズにも関わらず未だリクルートスーツのままの彼女は、無駄口も叩かず背筋をスッと伸ばし、真摯に仕事に向き合っている。

『ちょっと倉沢ちゃん、今の聞いた?』

隣の席に座る、二つ先輩の澤井さんが、椅子ごと近づいてきて、小声で話しかけてくる。

『”俺が責任とる”だって!く~っ私も関君に言われてみたい~』
『…ハハ…そ…ですね』
『澤井、あんた彼氏持ちでしょ?』

ちょうど通りがかった内山さんが澤井さんを窘めれば、『関君は特別枠だから問題ないでしょ』と、悪びれずに返す。

二人は同期入社ということもあり仲が良く、時々こうやって雑談が始まってしまうのだ。

『でも関君って、確か社内に彼女いるよね?』

ドキッ

内山さんが思い出したように言いだし、仕事中に始まった単なる雑談のはずが、急に緊張感が増してしまう。

『あ~今年のバレンタインデーに、”特定の一人からしかチョコ受け取らない宣言”のアレね』
『結局、受け取ってもらえてた子って誰だったんだろう?』
『秘書課の愛美さんでも無いらしいよ』
『倉沢さん、同期のよしみで聞いてないの?』
『さ、さぁ…』

まさか”それは自分です”とも言えず曖昧に濁せば、特別突っ込まれること無く『そっかー』と、流される。

そもそも、私がその相手であるという仮説が、彼女達のリストには全く無いのだろう。