佐織は、その不思議な感覚を冷静に制御していた。

 サンディから引き継いでロックした医療器用ワイヤレスインプラントから侵入した佐織は、身体操作デバイスと視聴覚デバイスのハックツールを自身の身体イメージに展開した。

 ぬるっとした黒いローションで全身が覆われる感覚。

 聞いていたよりは、すんなりと侵入出来た。

 元々、今回の任務は戦闘のバックアップや、コンバットハックまでは考慮されていなかった。

 佐織の任務は、この島に張り巡らされた執拗な警備システムを騙す事だった。

 何しろ、閉鎖されているとは言え、九重電脳技研の心臓部とも言うべき島なのだ。

 ここの警備システムは、最終的な機密保持手段として、研究施設破壊も含まれていた。

 現在、研究所のシステムの感覚系は、佐織が掌握している。

 感覚系を支配することで、強制的な書き換えが困難な、警備システムのコアへ直接手を出さずに、コントロールできていた。

 警備システムは、佐織の用意した幻の九重島を警備し続けている。

 だが、完璧ではない。

 今回は、精巧に作られた架空の九重島環境情報群で、警備システムの感覚系を騙して来たのだが、たった一人のイレギュラーによって、完全な隠密作戦は崩壊してしまった。

 なぜなら、佐織が用意した環境情報群の中に、あの少年は存在しないのだから。

 だから、佐織がリアルタイムで修正していた。

 さらに、統合管理室での回線の物理的切断が行われた辺りから、ネットワーク上に新たなノードの感触が現れていた。

 あれがスイッチとなって、新たなシステムが立ち上がったようだった。

 それは、今までの規格的な警備システムとは違い、何らかの意思を感じ取れた。

 更に、この少女の姿をした化け物が佐織の負荷を増大させた。

 バックグラウンドで改めてネットワークの構成ハードを検索させる。

 そのくらいの余裕はある。

 何しろ、調整作業を少しずつ切り詰めて作った五秒間なのだから。