「わー!わー!それ以上を言うな!
とにかくだ!俺は君とは付き合う気はないし、今日の事だって一夜限りの遊びのつもりだったんだ…。
だから君の気持ちは嬉しいけれど、今日の事は犬に噛まれたと思って忘れてくれ」

「私のあんな所やこんな所を噛んだのは小鳥遊さんのその唇じゃないですかぁ……。
嫌です。絶対に忘れません!」

ぎゅっとスーツの裾を掴み、離さなかった。
絶対に離すものか…!あの日一目惚れをしてから、ずっとずっと好きだった。

そんな私に突然訪れた夢のような幸福。こんなチャンスきっと二度とないだろう。逃してたまるものか。

抱かれてもっともっと好きになっちゃったんだから!

サーっと顔が青ざめていくのを見逃さなかった。クールで落ち着いて大人な人ばかりと思っていたけれど、こんな焦った顔も見せるのね。

床に散らばっていたバスタオルを手に取って、彼はふわりとそれを私の頭から被せてくれた。

「そんな恰好していると、風邪をひくぞ」

ほ~ら、やっぱり優しいんだ。私知ってるもんね。
スーツを着直して背中を向けた彼は、そそくさと部屋を出て行こうとした。
だから大声で名前を叫んでやったんだ。

「樹くんッ!」

振り返った樹くんは偉く怪訝な顔をしていた。

「樹くん?」