「あぁー!遅刻しちゃうーッ」
部屋着のままソファーで新聞を読み、片手に珈琲を優雅に持っている樹くんが眼を丸くしながらこちらを見ていた。
「仕事なのか?」
「えぇ!私、夜職と昼職を掛け持ちしているもので!
遅刻しちゃう!早く行かなくっちゃ。」
鞄の中に携帯とお財布を押し込めて
走って行けば、間に合うか…?てゆーかここってどこだっけ…?
駅はどこ?!何線を乗り継いで行けばいいの?えーい!取り合えず走ってこ!
「ではッ樹くん私は仕事へ行ってまいりますッ!
デートの件は後日連絡を致しまする!既読スルーなんてしちゃ嫌よ?」
敬礼のポーズをビシッと決めると、彼は呆れたように笑った。
リビングから出て行こうとした時だった。
「デカひなた。」
くるりと振り向くと、くくっと眼を細めて笑う樹くんの姿。
「な、何故その呼び名を…」
「陽向が言っていた。デカひなたデカひなたと朝からうるさかった。
仕事場を教えてくれたら車で送って行く。君には迷惑をかけた」
そう言って立ち上がり車のキーを手にする。
本当に?本当にいいの?昨日はチビひなたと遊んだだけなのに、こんな夢のようなご褒美貰っちゃっていいの?寧ろこっちまで楽しんじゃったのに。
けれどどこまでも晴れ渡る秋空のように心は晴れ渡っていた。



