「大丈夫かい?派手に転んでいたようだけど」
そしてフッと小さな笑みを作る。 間抜けにも口を開けたままその顔に見とれる事しか出来なくなっていた。
その笑顔を見た時、私の恋は既に始まってしまっていたのだ。
温かい手を掴みその場で立ち上がると、彼は先ほど財布を出した胸ポケットから紺色のハンカチを取り出した。
そしてそれを私の手の中に握らせる。
「いつもオフィスを綺麗にしてくれて、ありがとう。君たちのお陰で気持ちよく仕事をさせてもらっている」
それだけ言い残すと、ハンカチとその残り香を置き去りにしまたまま颯爽とオフィス内のエレベーターまで走り出す。
ハッと思いエレベーターへ乗り込もうとした彼へと大声で叫んでいた。
「あ、ありがとうございます!!このご恩は一生忘れませんッ!」
広いビル内いっぱいに私の声が響く。
周りに居た人は一斉にこちらへと視線を移す。
エレベーター内。ゆっくりと扉が閉まって行く中、彼が片手の手の甲で口元を押さえて笑っている姿が見えた。
完全にエレベーターの扉が閉まってしまうまで、その姿から目が離せなくなってしまった。
それが私と樹くんの出会いだった。



