「おばちゃん、重い物は私が持つよッ」
「ひなたちゃん悪いわねぇ~…」
「あっついもんねッ。エントランスの方の床の掃除してきます!」
アルバイトを始めた頃気合いの入り過ぎた私は、手に持ったバケツで走り出したと同時に何もない床をつるりと滑って蹴躓いてしまったのである。
その反動で手から離れた汚れた水の入ったバケツを床にぶちまけてしまった。その泥水は自分にもかかったが、最悪な事に目の前を歩いていた美しい女性のぴっかぴかに磨かれたベージュのパンプスにもかかってしまったのである。
「ちょっと!何すんのよ?!」
「ご、ごめんなさい…!」
「この靴すごく高かったんだから!
あぁーッもう!最悪。なんなの、あんた。マジでムカつくんだけど」
床に跪いたまま、美しい顔を歪ませる綺麗な女性の前で頭を何度も下げる。
女性はまるで汚い物でも見るかのように、私を見下していた。
「本当にすいませんでした!クリーニング代はお支払い致しますッ…。」
「当たり前じゃないの!きったない恰好しちゃってたかが清掃員の分際でムカつくったらありゃしない」
美しいその女性の、怒りはどうやら収まりそうになかった。
…しかしクリーニング代。幾らだろう。こんな高級そうな靴…。ぺこぺことその場で跪いたまま頭を下げて、彼女の怒りを一心に受け止める。
仕方がない。全部私が悪い。ドジもここまでくると国宝級だと言われるほど、私はどこまでも落ち着きがない女だった。



