クールな社長の不埒な娶とり宣言~夫婦の契りを交わしたい~

「――あぁ、もう」

 ひとり残された紫織は唖然としながら、胸に手をあてた。

 ――和風の名刺入れ?
 まさか、まだ持っていてくれたの? もしそうだとしたら……。

 全て誤解だった?
 光琉は他に好きな人がいて、陽子さんの噂話は全部妄想で。
 だとしたら、彼は変わっていないのだろうか。

『社長はアメリカンのブラックでーす』
 光琉が言っいたとおり、宗一郎の好みは昔からそうだ。
 コーヒーはブラックだけれども、エスプレッソのような濃いコーヒーは苦手だった。

 マンションを勧めてくれたのも、同情というよりは、ただ心配してくれただけなのかもしれない。

「はぁ」
 紫織はあきらめたような、ため息をついた。

 ――辞めるにしても、このままではいけない。

 傷つけ合ったままでいいはずはないとわかっているし、辞める時までにはなんとかしたいと思っていた。

 せめて、最後は笑ってさよならを言わなければ。

 いい機会ということか。

 そう思いながら、紫織はそっとアメリカンコーヒーのボタンを押した。


 社長室の前に立つと、光琉が言った通り扉は少し開いていて、窓際に立つ彼の後ろ姿が見えた。
 彼は空を見上げているようだった。

 光琉いわく、切なくなるために見上げる夜空を。

 コンコン、とノックをすると彼が振り返り、ハッとしたように目を見開いた。

「紫織?」

「残業しているんですけれど、光琉ちゃんから、社長にコーヒーを持っていくように頼まれて」
 つい、言い訳口調になってしまい、心の中で苦笑した。

「まだ終わらないのか? シール貼り」

 コーヒーをデスクの端に置きながら、紫織はクスッと笑う。
「ご存知だったんですね?」

「うちは届けがなければ、残業はできないことになっているからな」

 今日ミスに気づいてすぐ、室井がいないので、室井の印のないまま総務のボックスに残業届を入れておいた。まさか既に彼の元に書類が届いているとは思わなかったが。

「もう少しです、光琉ちゃんと室井さんが手伝ってくれているから」

「もうすぐ九時だぞ?」
 コーヒーを手に取った宗一郎はそのまま一口飲んだ。

「社長こそ。まだ帰らないんですか?」

 宗一郎はクスッと笑った。