16

 十数分後。
 体育館に生徒、職員が集まった。
 教頭先生が私の言うことを聞いてくれたのだ。
 全校生徒は三〇〇名、職員は三〇名程度。しかし、ここに全員いるのかどうかは私には判別できない。
 全員の顔と名前を覚えているわけではないから。
――どよどよどよどよどよどよ……。
 喧噪。
 突然の事態にみんなパニックになっている。
 悲鳴も聞こえる。
 壁にめり込んだ堀兼先生たちや、宙づりになっている大楠先生を見て驚く人たち。
 悪人のなれの果て。
「さあ! 雨宮さん! これで全員だ! 約束通り大楠先生を離してあげてくれ」
 教頭先生が側に来て言った。
 大楠先生はもう意識がない。
 死んだ?
「うん。いいよ」
 先生を舞台の下へ投げ捨てる。
 どんっ、と床に落ちる。
 生徒や先生たちがすぐに近づいていく。
 状態を観察。
 呼吸はあるみたいだ。
「死ねばよかったのに」
 こんなやつ生きていく資格ない。
 だけどどのみち、これから死ぬ。
 ここに居る人、全員、死ぬ。
 私が殺すんだ。
「皆さん! お久しぶりです! 雨宮ゆゆです!」
 マイクを持って話し始めた。
 できるだけ大きな声で。
――シ―――――――――――ン
 静まる。
 一瞬にして無音。
 視線が集中。
「もしかしたら私のこと知らない人も居るかも知れません。だけど三年生は……、みんな知ってますよね? 先生たちも、私のこと知らないわけないですよね?」
 みんなの視線が今は恐くなかった。
 同じだ。
 放送室の時も。
 さっきも。
 人見知りの私が、今は普通に話すことが出来ている。
「放送で話したとおりですが……、私はこれから自殺します! 後ろにあるポリタンクにはガソリンが入ってます」
 ポリタンクのピラミッド。
 私の墓標。
 一瞬にして消えてしまう空虚な墓標。
 それも私らしくていいか。
「ここに火をつけて、死のうと思ってます」
――どよどよどよどよどよどよどよ……。
 みんなが私の言葉に反応する。
 うるさい。
「だけど……、私一人だけ死んでそれでおわり……、なんておかしいですよね?」
 私が死ぬ理由はみんなのせいだ。
 私だけ死んでみんなが生きていくのはおかしい。
 これは戦争だ。
 私の戦争。
 報復戦争だ。
 やったらやり返される。
 私を傷つけたみんなに、私が仕返しをすることは悪いことじゃない。
「みんなにも死んでもらいます。私が自殺するのはみんなの虐めのせいなんだから」
――ザワザワザワザワザワザワザワ……。
 地響きのような声。
 私が話す度にみんなの声が大きくなっていく。
「みんな……、殺してやる!」
 殺されて当然。
 人一人を自殺に追い込んだ罪。
 私がこうなったのはみんなのせい。
 だから復讐されても文句は言えない。
 言わせない。
 私は間違ってない。
「復讐だよ。みんな……、散々、散々! 散々! 酷いことしてきてさ、何の罰も受けず生きていくなんておかしいじゃんか。体育倉庫を燃やしたのも校舎を壊したのも、みんなを襲ったのも、全ては復讐のため」
 復讐は楽しかった。
 過去が浄化されていく気がした。
 だけど……、何も変えられなかった。
 私の人生は、何のためにあったんだろう。
「私さ、ほんとにほんっとに辛かったんだ。死にたいって思ったのは、一度や二度じゃない。毎日だよ。毎日毎日、死にたいって思ってた」
 自然と三年生の方へ視線が向く。
 私のことを虐めてきたみんな。
 中心だったのは三人。
 鳥海恵里菜と平沼綾花は病院にいる。
「でもね……、いつからか死にたいって思わなくなった。それがおかしいことだって思えたら、こんな風にならなかったのかも知れないね」
 私は虐められて当然。
 バカだしブサイクだし、空気読めないし、気持ち悪いから。
 だから無視されて当然。
 不老川に突き落とされて当然。
 上履きがなくなって当然。
 ばい菌扱いされて当然。
 辛くて当然。
 悲しくて当然。
 死にたくなって当然。
「だけどさ……、やっぱりこんな私でもみんなと一緒に学校に通いたかったんだ」
 体育倉庫に閉じこめられて不登校になったのは、心のどこかでまだ、こんなのおかしい、っていう気持ちがあったから。
 私には反撃する勇気はない。
 私は弱虫だ。
 報復戦争なんて出来ない。
 コスチュームを纏って顔を隠して、ダークヒーロー、ローズマリーにならなかったらただのひきこもりだ。
 じゃあここに居る私は?
「だからね……、不登校になった後さ、一緒に遊んでくれたり、LINEしてくれたりしたのは、ほんとにね、ほんとに嬉しかったんだよ」
 自然と彼女の方を見る。
 冷たい目。
 整った顔。
 怯えてる?
 笑ってる?
 嘘? 
 ほんと?
「みんなには遊びだったのかも知れない。虐めの延長だったのかも知れない。でも、私には……」
 思いだして辛くなる。
 過去はやっぱり乗りこえられない。
 動機がする。
 目眩がする。
 気持ち悪くなって頭が真っ白になる。
 意識が遠くへ。
 また、昨日が私を呼び止める。
「ねえ? 結愛ちゃん」