「桃〜帰ろっ!」

放課後、さやかが笑顔で駆け寄ってくる。

「えっ、さやか、彼氏はいいの?」

「だって、あたし彼と同じくらい桃のことも大切なんだもん!昨日は彼と帰ったから、今日は桃の日!」

笑顔で抱きついてくるさやか。そんな私たちを遠巻きに男子がチラチラ見ている。けど、そんなことも気にならないくらいに、さやかの言ってくれたことが嬉しかった。

中学二年生の時、初めてさやかに彼氏ができた。

その時は本当に怖かった。私がいらなくなってしまうんじゃないかって。

引っ込み思案で仲のいい子も少なかった私は、さやかがいないとひとりぼっちになってしまう。

さやかはそんな私に気付いてか気付かずか、変わらず一緒にいてくれた。

『桃のことも大好きだよ』って、隣で笑ってくれた。

彼氏の愚痴を話された時はどういう顔をしたらいいのかいまだに分からないけれど、さやかは私にとって大切な存在だった。

「ばいばーい!」

電車を降りたら方向は逆だ。さやかは私に手を振って踵を返した。私も手を振り返した。

さて、私も帰ろう。そう思って去っていくさやかに背を向けた時だった。

「あの」

声変わり前の高い男の子のような声が、私を呼び止めた。

振り向くと、同い年くらいの男の人が立っていた。サラサラの黒髪に、大きなアーモンド形の目。顔が整っている。整いすぎて直視できない。目が合う前に、私は視線を落とした。

「これ、落としましたよ」

私の顔を直視しない態度に特に反応することなく、男の人は何かを私に差し出した。

差し出されたのはさやかとお揃いで付けていたウサギのキーホルダーだった。

「あ……ありがとうございます」

緊張して、奪ってしまうような形で受け取ってしまった。手のひらを引っ掻いてしまったかもしれない。

「あの、すみませ……」

謝るために顔を上げると、目が合ってしまった。

男の人は、私を見下ろして微笑んでいたけど、目が合った瞬間、大きな目をさらに見開いていた。

「ももちゃん………?」

「え?」

名前を呼んだ。見知らぬイケメンが、私の名前を呼んだ。反射的に素っ頓狂な声が出てしまった。

なんで私の名前を?名乗ってないし、見える場所に名前の書いてあるものは持っていない。それに、私の顔を見て名前を呼んだ。ってとこは……知り合い?

「あの、どこかで会ったこと、ありましたっ……け……?」

もしかしたら私はとっても失礼な質問をしているのかもしれない。そう思って、語尾が小さくなってしまった。

「本当にももちゃんだぁ」

私の質問には答えず、男の人はマイペースにそう呟いた。嬉しそうに目を細めて。

やっぱり面識があるのだろうか?でも私、こんなイケメン知らない。こんな整った顔をしている人が身近にいたら、絶対に覚えていそうなのに。

「やっと会えた」

彼のその言葉が、妙に引っかかった。

やっと会えた…?じゃぁ、ここ最近は会っていないってこと?

「あの、」

私の話しかけようとした行動は、彼によって制された。唇に人差し指を置かれたのだ。

なにこれ…少女マンガでしか見たことない……。

「教えない」

そう言って、彼は悪戯っぽく微笑んだ。その顔に、ドキッとしてしまった。

「手は引っ掻かれてないよ。大丈夫。またね、ももちゃん」

呆気に取られてか何も言えない私に、彼はそれだけ告げてどこかへ行ってしまった。

誰だったんだ……?