あれっ??
じゃあ、理事長は本当に祖父で
家族として受け入れられ
幸せに暮らしてた??
想像と違う話しに戸惑っていると。
クスクスと笑う藤堂と目が合った。
???
「先生、幸せって……人それぞれですよ。」
藤堂の言葉に、益々混乱していたら。
「そうだよなぁ。
俺は、2歳で両親を亡くして
兄貴と二人だったけど……
寂しくなんて無かったし。
不幸だなんて思った事もない。
兄貴が頑張ってくれたのと
このうるさい兄貴もどき達が
淋しいと思う隙を作らなかったから。
でも、周りの大人達は俺の事を
不幸で可哀相な子供だと同情してた。
お前に両親の事を言いそびれたのも……
同情されるのが嫌で
隠すのが当たり前になってたからなんだ。
多分、藤堂も藤堂なりの幸せと不幸があるんだよな?」
両親が健在で、普通の家庭で育った俺には
考えつかない尚人の話しだった。
「そうですね。
私は、尚人先生とは逆で
羨ましく思われる事が……
辛かったです。
お金持ちの親戚が、祖父だと言い。
優しい家族が、溺愛してくれて……。
虐められるどころか
『今日は自分と寝よう』と
引っ張りだこで……。
幼稚園も小学校も
普通だと受験しないと入れない
姉妹園に通って。
ある日突然、お姫様になった。
でも……
私にも、5歳までの思い出と記憶が有ります。
あまり裕福では無かったけど
大好きな祖母の温もりも覚えてます。
………裕福だから。
優しくされるからって……
今の暮らしが一番幸せな訳ではないんです。
ワガママだけど……
母のくれた名前と
祖母との思い出と一緒に
自分らしく、自分の力で生きていきたいんです。
だから『青葉』ではなく『藤堂』で……
理事長達は、ずっとこの生活で生きてきたから
私がいくら伝えても分かってもらえず………。
青葉の姓になる事を
ずっと望んでいて………。
コッソリ母を育てた祖母も
青葉に私が入る事を望んでないはずです。
だから、一人で生きていくって
強行手段に出ようと……
受験を考えました。」
じゃあ、理事長は本当に祖父で
家族として受け入れられ
幸せに暮らしてた??
想像と違う話しに戸惑っていると。
クスクスと笑う藤堂と目が合った。
???
「先生、幸せって……人それぞれですよ。」
藤堂の言葉に、益々混乱していたら。
「そうだよなぁ。
俺は、2歳で両親を亡くして
兄貴と二人だったけど……
寂しくなんて無かったし。
不幸だなんて思った事もない。
兄貴が頑張ってくれたのと
このうるさい兄貴もどき達が
淋しいと思う隙を作らなかったから。
でも、周りの大人達は俺の事を
不幸で可哀相な子供だと同情してた。
お前に両親の事を言いそびれたのも……
同情されるのが嫌で
隠すのが当たり前になってたからなんだ。
多分、藤堂も藤堂なりの幸せと不幸があるんだよな?」
両親が健在で、普通の家庭で育った俺には
考えつかない尚人の話しだった。
「そうですね。
私は、尚人先生とは逆で
羨ましく思われる事が……
辛かったです。
お金持ちの親戚が、祖父だと言い。
優しい家族が、溺愛してくれて……。
虐められるどころか
『今日は自分と寝よう』と
引っ張りだこで……。
幼稚園も小学校も
普通だと受験しないと入れない
姉妹園に通って。
ある日突然、お姫様になった。
でも……
私にも、5歳までの思い出と記憶が有ります。
あまり裕福では無かったけど
大好きな祖母の温もりも覚えてます。
………裕福だから。
優しくされるからって……
今の暮らしが一番幸せな訳ではないんです。
ワガママだけど……
母のくれた名前と
祖母との思い出と一緒に
自分らしく、自分の力で生きていきたいんです。
だから『青葉』ではなく『藤堂』で……
理事長達は、ずっとこの生活で生きてきたから
私がいくら伝えても分かってもらえず………。
青葉の姓になる事を
ずっと望んでいて………。
コッソリ母を育てた祖母も
青葉に私が入る事を望んでないはずです。
だから、一人で生きていくって
強行手段に出ようと……
受験を考えました。」



