会話は途切れ、彼の作ってくれた料理たちを胃袋へ大切に落とし込んでいく。温かい食事があることが当たり前になりつつあるが、これは当たり前の日々ではない。忘れてはいけない日々がある。
「ご馳走様でした、今日も温かい料理たちをありがとう」
「どういたしまして」
ここに来るといつもそう自然に言葉が落ちる。心が温かい。
周りを見ると他にはもう客は居らず、いつだったかに来店した男女の客も見当たらない。
「もう閉める」
「そうか」
「帰り送る」
「いや、歩いて帰るよ。問題ない」
いつの間にか時計の針はまっすぐ上を向いていた。そんなに長居したつもりはなかったがあっという間に経過していたらしい。
傘を忘れずに持ち、扉へ向かう。その扉の先にはあの匂いが私の嗅覚を刺激する。
この言葉はいつ知ったのだったか。これもまた彼が教えてくれたひとつの世界。



