これもまた彼に言うと怒られそうだが、この店に新規の客が来るのは珍しい。いつも決まった客ばかり。お互いに顔見知りではあるが誰とも会話をしたことはない。ここでは皆、別世界へ旅をしに来ている。
”デラシネ”とは元々はフランス語だと彼は教えてくれた。はぐれ者、故郷を失った人、などとあまり良い意味は見受けられない言葉。何故店名をこれにしたのか、いつだったか彼は私に教えてくれた。その話はまたいつか。
「ねえ、明日休み」
「だから何だよ」
その先は言わない。彼との時間はゆっくりだ。いつだって私の歩幅に合わせて進んでくれる。だからこそ寄りかかってしまいそうになる。頼りたくなってしまう。
これは彼のせい。そう勝手に決めつけてしまっている私は、もう手遅れな気もするが。それに気づかないように必死に眼を瞑る。



