折角私とふたりでゆっくり会えるようにと用意してくれたマンションは素直に嬉しいのだが…まだ決心がつかぬ事があった。
近頃その事で真央の機嫌が悪い。
「もういいッ。俺は寝る!」
そう言ってベッドの中背中を向けて真央は眠ってしまった。 拗ねてしまったようだ…。私の態度にも問題は確かにある。
けれど……そうはいっても怖い物は、怖い。私はまともに男性と付き合うのさえ真央が初めてなのだ。キスすらまともにした事がなかった自分に、初体験というハードルはかなり高い。
そういう訳でふたりきりでこのマンションでお泊りをする日は決まって同じような喧嘩が起こる。
しかし朝起きた時の機嫌を直した彼は、思っているよりずっと甘い。
本日日曜日。このマンションを訪れるのは決まって土曜日の夜で、私は彼より先に起きて食事の準備をする。
何よりも私の作るご飯を喜んで食べてくれる。今日もそんな朝だった。
「おはよう…」
寝室から起きて来た真央は、後ろから優しく私を抱きしめる。
彼からはいつも良い匂いがする。その香水の香りは何よりも大好きだった。
「おはよう、真央」
「すごい良い匂い。今日の朝はなんだ?」
子供のように甘えた口調になって私を後ろから抱きしめる。耳元を擽るような彼の声が今日もくすぐったくて幸せな気持ちになれる。
「今日はししゃもの南蛮漬けだよ。揚げないからさっぱりしてるし、野菜も沢山取れるから」
「それはそれは美味しそうだ。しかしその上に沢山刻まれてる人参が気に食わないが…」
「好き嫌いはよくありませーん。
小松菜の胡麻和えと、かぶと油揚げの味噌汁もあるよ」