え?何故フルネームを知っている?まるで血の気がサーっと引いていくような感覚に陥る。
グリュッグエンターテイメントの社内で私はそれだけ目をつけられているという事なのだろうか。そして私のフルネームを知っていると言う事は、私が真央の何なのかも知っている筈だ。
グリュッグエンターテイメントには少しの不信感があった。花乃さんにプライベートの事まで探られていた事。探偵のような物を雇ってまで、私と真央の仲を良く思っていない事。
まさか…このおじいちゃんもスパイ…?
「確かに私が棚橋静綺なのですが…」
全てが疑わしく思える。そういう感情が表情に出ていたのかもしれない。
目の前の男性はそれでも微笑みを絶やさぬまま。見た感じは菩薩のようにしか見えないのだけど…。
「やはり、ではうちの所属タレントの姫岡真央と交際しているのは君だね?」
げっ……。やっぱり知っている。社内では私達の交際はそこまで有名で問題視されているのだろうか。
思わず俯いてしまう。反対ばかりされて、もう嫌になってしまうものだ。
「あの、交際と言うか…本当にごめんなさい!」
思わず謝ると目の前にいたその人は不思議そうに眼を丸くした。
「何故僕に謝る必要がありますか?」
「いえ…あの、御社の大切なタレントに手をつけたような形になってしまう申し訳なく思っております。
けれど私達の関係は終わるかもしれないし、どうか許して下さい。真央の仕事を減らすような事だけは…
真央は、とても頑張っています!この仕事が大好きなんです…。だからどうかお願いします。彼を見放すような事だけはしないで下さい。
私は…彼の仕事の邪魔だけはしたくないんですッ」



