不思議な雰囲気の初老の男性だった。ゆっくりと寮の中に入って行くと、案内もしていないのに食堂を目指して入って行く。特に綺麗な格好をしているという訳ではないのに、何故か背筋が伸びてしまうような不思議なオーラを持っている人。

珈琲をテーブルの上に出すと「ありがとう」と私の目をちゃんと見て笑った。

見た目はただのおじいちゃんなんだけど、丁寧で物腰が柔らかくてどこか品のある雰囲気を纏う。

「ここでアルバイトをしていると言っていたね?」

「えぇ、夏からお世話になっています」

「それはそれはお世話になっています。」

「いえ、こちらの方こそ…あの、山之内さんが戻るまでゆっくりしていって下さい…」

その場を立ち去ろうとしたら、彼はその微笑みを絶やさぬまま「ちょっとお話相手になってもらえませんか?」と敬語で私に言った。

この人グリュッグの社員なんだよね?不思議な気持ちでいっぱいだったけれど、目の前のソファーに腰を下ろす。

この年齢で社員?まさかマネージャー業なんか出来やしないだろうし、一体なんの仕事をしているのだろう…。けれど社員としては定年になっていてもおかしくない歳だろう。頭の中ははてなマークでいっぱいだった。

けれど目の前の彼は優し気な微笑みを私へ向けるから、釣られて笑顔になってしまう。にこりと微笑みを返すと、次に信じられない言葉を口にした。

「ここでアルバイトをしている大学生の棚橋さんと言ったら、棚橋静綺さんで間違いはないでしょうか?」