母は私が今まで出逢った人の中で、色々な意味で1番強いと思う。
母は女手1つで私を育ててきてくれた。
私が知る限り、今日に至るまで、母が風邪を引いたことは一度しかない。
体が強いというのは、言わずもがなだけれど、それ以上に強いのは心だろう。
私の父親にあたる人は、母が26歳の時に、母が働いていた総合病院に大学5年の夏から翌年まで実習に来ていた医学生だった。
その医学生の教育担当になったのが母で、2人で現場での様々な困難を乗り越えるうちに絆で結ばれ、やがてそれは愛に変わっていった。
そして、母の体内に宿ったのが私という新しい命。
母は彼に妊娠したことを告げたが、彼の実家が代々小児科の個人病院をやっている由緒正しき家柄で、学生のうちに母を妊娠させてしまったという事実が知られては、彼の立場が危ぶまれるのではと悟った。
彼は退学しても、家族との縁が切れても一緒に育てたいと言ったそうだが、母がそれを許さず、2人は別れた。
母は彼の将来の可能性のために、自らの愛を犠牲にしたのだ。
しかし、母は1人になったとしても私を産みたいという気持ちは変わらず、私のことをこの世に送り出してくれた。
私は夜泣きがひどく、しょっちゅう熱を出したり、肌がデリケートで湿疹がひどく、アザができたりするなど、とにかく手のかかる子だったらしい。
仕事をしながらの子育ては困難を極めたが、母は諦めず、挫けず、私をここまで育ててくれた。
母はいつだって笑顔で、私が泣いていても笑い、私の笑顔を引き出してくれた。
私はそんな母が大好きで、母を頼っていない訳でもない。
だけど、この事件が母との関係性を考え直すきっかけになったのは、娘の私としてもよかったと思う。
お母さん、まだまだ雷が怖くて震えてしまう娘ですが、これからもよろしくお願いします。
私は母の腕の中で、母への思いを巡らせたのだった。
母は女手1つで私を育ててきてくれた。
私が知る限り、今日に至るまで、母が風邪を引いたことは一度しかない。
体が強いというのは、言わずもがなだけれど、それ以上に強いのは心だろう。
私の父親にあたる人は、母が26歳の時に、母が働いていた総合病院に大学5年の夏から翌年まで実習に来ていた医学生だった。
その医学生の教育担当になったのが母で、2人で現場での様々な困難を乗り越えるうちに絆で結ばれ、やがてそれは愛に変わっていった。
そして、母の体内に宿ったのが私という新しい命。
母は彼に妊娠したことを告げたが、彼の実家が代々小児科の個人病院をやっている由緒正しき家柄で、学生のうちに母を妊娠させてしまったという事実が知られては、彼の立場が危ぶまれるのではと悟った。
彼は退学しても、家族との縁が切れても一緒に育てたいと言ったそうだが、母がそれを許さず、2人は別れた。
母は彼の将来の可能性のために、自らの愛を犠牲にしたのだ。
しかし、母は1人になったとしても私を産みたいという気持ちは変わらず、私のことをこの世に送り出してくれた。
私は夜泣きがひどく、しょっちゅう熱を出したり、肌がデリケートで湿疹がひどく、アザができたりするなど、とにかく手のかかる子だったらしい。
仕事をしながらの子育ては困難を極めたが、母は諦めず、挫けず、私をここまで育ててくれた。
母はいつだって笑顔で、私が泣いていても笑い、私の笑顔を引き出してくれた。
私はそんな母が大好きで、母を頼っていない訳でもない。
だけど、この事件が母との関係性を考え直すきっかけになったのは、娘の私としてもよかったと思う。
お母さん、まだまだ雷が怖くて震えてしまう娘ですが、これからもよろしくお願いします。
私は母の腕の中で、母への思いを巡らせたのだった。



