桃奈side





私にとって〝幸せな家庭〟というものは、遥か遠い記憶。

だけど確かに、その記憶は存在するんだ。




仲のいい両親。

厳しくも優しい父と、家庭的で穏やかな母からの愛を一身に受けて私は育った。

…あの頃は、たしかに幸せだった。









そんな幸せが壊れたのは、小学2年の夏。


大好きな母は、私と父を置いて出て行った。

父以外の男を愛し、私たち家族よりもその男を選んだのだ。





〝ママはきっといつか帰ってくる。〟

私のそんな願いも儚く散り、何年経っても母が私と父の元に帰ってくることはなかった。






その日から、父は狂ったように仕事をするようになった。




朝早くに家を出て、帰宅するのは私が寝静まったあと。


学校から帰っても家に誰も居るはずもなく…

私を出迎えるのは、乱雑にダイニングテーブルの上に置かれた一万円札のみ。




たまに家にいても、お酒を飲むばかりで私の話なんて聞く耳も持たない。

時には、暴力を振るわれることもあった。