ちょうどゲームが終わって、サッカー部はグラウンドの端で各々休憩をしている。
私はもう満足なのでこれで帰ることにした。
椅子を戻して鞄を肩にかけると、
「よう」
と声がした。
その声に心臓が飛び出しそうだった。
勝見君は息を切らしながら教室の入り口に立っていた。
「勝見君? 部活中じゃなかった?」
「坂井さんも、帰ったんじゃなかったの?」
ドキッとした。
勝見君の口元は緩んでいるのに、優しそうな目はいつもと違った。
そんな目を見られなくて、私は下を向いた。
あの目で、心の内をすべて読まれてしまいそうだったから。
「なんか、会いたくなって」
そう言ったのは、勝見君だった。
その答えに、心臓がさらに早くなった。
胸がぐっと苦しくなる。
勝見君がゆっくりとこちらに近づいてくるのがわかる。
少し目を上に向けると、顔が確認できないほどの距離に、勝見君は立っていた。
ほっそりとした首筋。
控えめな肩幅。
半袖体操服からのぞく、筋張った腕。
体操服は汗でうっすら湿っているのがわかる。
ズボンはすっかり泥まみれ。
そこから延びる長い足に付く筋肉はきれいだった。
上から下まで観察し終わるころ、勝見君はさらに私との距離を縮めた。
もう、これ以上近づけないくらいに。
思わず目をぐっと閉じると、さらりと髪が動くのが分かった。
そして、私の頭がとんでもなく優しいものに包み込まれた。
呼吸が早くなって、変な息が漏れてしまいそうだった。
それなのに、頭をなでられているとふわふわとして気持ちがいい。
遠くの方で「勝見ー」と呼ぶ声が聞こえる。
一瞬頭をなでる手が止まる。
それから、勝見君の手にぐっと力が込められたのが分かった。
勝見君は私の頭を自分の胸元に引き寄せようとしていた。
私は、その力に身をゆだねた。
ううん、ほんとは、自分から向かって行ったのかもしれない。
勝見君の胸に額がぶつかると、勝見君の体温や匂いに一気に包まれた。
まだまだ日中の熱気が残っているにもかかわらず、こんなに体を密着させても暑苦しい感じは全くしない。
むしろ温かくて心地よかった。
体操服越しなのに、妙に生々しく勝見君を感じることができる。
勝見君の胸のあたりの骨格も心臓の動きも音も、呼吸も。
勝見君の胸の中にいると、息をするのが精いっぱいで、何度も甘い吐息が漏れた。
「こんなの、ダメかな?」
勝見君の声は少し震えている。
笑っているのか、緊張しているのか、顔なんて見られないからわからない。
もうどちらでもいい。
「ダメ、じゃないよ」
私の声も震えている。
その小さな声を、勝見君は拾いあげてくれた。
勝見君は両腕に力を込めて、私を抱きしめなおす。
今度は、全身をその腕で包み込むように。
体中が勝見君の体の中に溶け込んでしまいそうだった。
勝見君の匂いを、改めて大きく鼻から吸い込んだ。
勝見君の優しい腕の温かさに応えるように、私もそっと彼の脇腹あたりに手を置いた。
勝見君は、細い。
なのに、私を抱きしめる腕は、どうしてこんなに力強いんだろう。
どうしてあんなに早く走れるんだろう。
どうしてあんな、きれいなシュートが打てるんだろう。
あの瞬間を思い出して、私はふっと笑った。
「勝見君、シュートするんじゃん」
声を振り絞ってそう言うと、
「今日だけだよ」
と勝見君の優しい声が頭に落ちてくる。
「かっこよかったのにな」
そう言うと、勝見君は抱きしめる腕にさらに力を込めた。
私の頭に唇を押し付けて、大きく息を吸い込むのがわかった。
私も勝見君の体操服をぎゅっと握ってそれに応えた。
何度も何度も、勝見君の匂いやぬくもりを吸い込んだ。
その優しさも、力強さも、その存在を確かめるように。
「勝見ー」
__行かないで。
声に出してしまいそうだった。
それを何とか食い止めようと、勝見君の胸の中で甘えるようにすりすりと顔を押し付けた。
「勝見ー」
その声が引き留めてくれなければ、私たちはどこまでもとろけていってしまいそうだった。


