あの日々の彼女の感覚を呼び寄せるように、自分のてのひらを見つめた。


 形のいい頭や柔らかな髪の毛。

 そこから漂うふんわりと甘い匂い。

 カッターシャツ越しの華奢な体のラインやその柔らかさ。

 冷たくて細い指先と包み込めるほどの小さな手。


あんなに鮮明に覚えていたのに、忘れまいとしていたのに、今はするすると逃げてしまうように感覚の記憶が薄まっていく。

思い出そうとすればするほど、わからなくなる。
 
これ以上どこにもいかないように、俺はぎゅっと手を握り締めた。


「全然関係なくない」


何かをつなぎとめるように、空に向かって力強くそうつぶやいた。

でもその言葉は、高い青の世界へ虚しく吸い込まれていく。

その空に、スコーンと気持ちのいい音が響いた。

本田がスマッシュを決めて、女子たちが「きゃー」っと黄色い声を上げる。

爽やかな笑みをたたえて、本田はラケットを空高く掲げた。


__クッソ……。


あの時、あの勢いで言ってしまえばよかったのか。

「好きだ」って。

「付き合おう」って。

 あの時って、いつだ?

その瞬間は何度もあったはずなのに、そのどの瞬間にも、彼女にその言葉をぶつけることはしなかった。


フェンスを握る手に力がこもる。


 坂井さんは今、どうしているんだろう。

 どこにいるんだろう。

 もっと早く言葉にしていれば、今、彼女を一人にすることはなかったのに。


テニスコートを軽やかに走る本田の様子に見とれていた。

その時、



「勝見君」



 その声の方に、俺はゆっくりと顔を向けた。