きみに ひとめぼれ


練習が始まる。

俺はいつものようにボールを拾って相手を蹴散らせる。

そして順調にゴール前まで運んでパスを出す。

ボールはきれいな放物線を描いて、拾ってもらいたい相手の足元に正確に落ちる。

すべていつも通りに。

もちろん俺がゴールを決めてはいけないという決まりはない。

これは、チームプレーなのだ。

さあ、次はどう動こうかと全体を見渡した。

広いグラウンドと、そこに聳えるようにして建つ校舎。

いくつもあるその窓の一つに、俺は目を奪われた。

心臓が一段と早くなる。


そこにいたのは、先ほど下駄箱で別れたはずの、坂井さんだった。


彼女は窓際で頬杖をついてこちらを見下ろしていた。


__なんで……


だけどその答えなんて、どうでもよかった。

俺は足で止めていたボールをゆっくりと転がし始めた。

だんだんそのスピードを上げていく。

まっすぐと一点を見つめてグラウンドを駆け抜ける。

はるか遠くにあるゴールネットまでの道筋に立ちはだかるものなんて、ひとつもなかった。

俺の目に映るのは、ゴールネット、それだけだった。

俺はもうほとんど無意識にボールをけり上げた。


思い切り、強く。


ボールは気持ちよくゴールネットに突っ込んでいった。


爽快な音が、高い空に響いた。


周りは一瞬しんとなる。


シュートが決まったのを見届けて、すぐに教室の窓を確認した。

彼女は目を大きくして、ゴールネットから離れていくボールの行方を追っていた。

俺は、彼女が自分をその目にとらえてくれるのを待った。

ピッという鋭い笛の音で、ようやく時間が動き始めた。

「ナイッシュー」というけだるい声が方々から聞こえる。

俺の意識の、遠くの方で。


「おい勝見ー、何やってんだよ。ワンマンショーかよ」

「ああ、わりぃわりぃ」


広瀬が俺に不服そうに申し立てる。

そんな声すら俺にはどうでもよかった。

俺にはもう、彼女しか見えていない。

彼女の視線が、ゆっくりと俺に向けられる。

視線が合った彼女に向かって、俺は両腕を上げて大きく手を振った。

周りの視線とか、柄でもないことをしていることなんて、全然気にならなかった。

そんな俺に、彼女は「うん、うん」と何度か小さく首を動かした。

その表情は穏やかで、とても満足そうだった。

両手をぱたんと下ろして、俺は空に向かってひとつ大きく息を吐いた。

雲一つない青空がそれを吸い込んでいくのをただじっと見つめた。


__ほんとだ、シュートって、きもちいい。


初めてそんなことに気づいたみたいに、笑いがこみあげてくる。

こんなにすがすがしい気持ちのはずなのに、なぜかドキドキと心臓がうるさく俺を急き立て始める。


なんだろう、この心臓の速さは。

胸が苦しくなってくる。


気づいたら、走り出していた。

まるで、体が引っ張られているようで、自分の体ではないようだった。

どこへ行こうとしているかは、何となくわかっていた。


__行け。


 そんな自分の声が、遠くから聞こえていたから。