彼女が立ち止まっていることに気づいたあいつは、ちょっとだけ驚いた顔をした。

でもすぐに優しい顔になって、坂井さんに近づく。

顔を覆っていた彼女の手を、あいつはそっと握って、彼女の顔を覗き込んだ。

その顔は、ずっと穏やかだった。

そして最後に、思いっきり目尻を下げた。

そっと握っただけの彼女の手を、あいつはめちゃくちゃ自然な流れで、自分の手の中に迎え入れて歩き出した。

力強くて、頼もしい手の中に、坂井さんの手が包み込まれた。

その中に納まる彼女の手が、あいつの手を柔らかく握り返す。


そこまで見届けて、僕は空に向かって、ふーっと大きく息を吐いた。

僕の頭や心の中にあったいろんなものが、すべて、澄んだ朝の空の中に吐き出されて、消えていった。




 はい、これで、僕の恋の話は、おしまい。