きっと苦しいだろうに、何度説得しても病院へは戻らないと言い続ける彼女。
本当なら無理矢理にでも救急外来へ連れて行きたいのだが、「大丈夫、これでも医者だから」と言われれば言い返せない。
それに、先ほどの救急外来でのやりとりを見てしまった俺としては、彼女の気持ちもわからなくは無い。

それじゃあしかたないと、
「しばらく様子を見て急変しないようなら送っていくけれど、それでいい?」
最大限の譲歩をしたつもりだった。

しかし、彼女は一人で帰ると言い張った。
どうやら事情があるようだ。

「ダメだ。こんな状態で1人にできるわけがないだろう。それとも病院へ戻る?」
脅し気味に詰め寄ると、
「実は、」
やっと事情を話してくれた。

ルームシェアをしていた友達が借金を残していなくなり、取り立てが来てアパートに帰れない。
彼女が保証人になったものもあり、警察を呼ぶこともできない。
こんな話、陣が知ったらどれだけ怒ることか。
その上、具合が悪いのにネットカフェに寝泊まりするなんて、絶対にありえない。

この時、俺は決心をしていた。
救急を受診するならそれでよし。どうしてもイヤなら俺の家に連れて帰る。

「非常事態だからね、一晩部屋を貸すよ。1人暮らしだけれど、部屋は余っているんだ。それとも病院へ戻る?」
さあ、どうすると彼女を見つめた。

もしも、それもイヤって言うなら、陣に連絡するしかない。

数分後、

「時間切れ、救急に向かうよ」
俺はハンドルを握った。

「えええ、待って。それはダメ。あなたのお家へお願いします」

「了解」

きっと陣に知れば怒るだろうが、一晩だけのことだ。
後で、彼女が回復してから報告しよう。