「なあ?」

どのくらい時間がたっただろう、放心状態で立ち尽くしている私に徹さんが声を掛けた。

「何?」

「この部屋から今どうしても持ち出したい荷物ってある?」
「え?」

持ち出したい荷物って・・・

「見ろ、今夜はここには帰れないぞ」

顎を向けられ、徹さん越しに部屋を見る。

あ、ああー。

そこは真っ赤なペンキを掛けられたドアと積み上げられたゴミ。
それに、廊下に面したキッチンの窓はガラスが割れている。

確かに、ここには帰れない。
たとえ帰っても怖くて寝られない。

「こんな所、陣に見られたら大変だ」
「お願い、言わないで」

お兄ちゃんには知られたくない。
恥ずかしすぎる。

「もういい。わかったから、お前は戻っていろ。タクシーを待たせてあるから」
「・・・うん」

自分でもここにいることが辛くて、素直にアパートを離れた。


通りの向こう、アパートの見える道路に止められたタクシーの中で、私は1人待った。

5分ほどでパトカーが到着。
きっと、徹さんが呼んだんだ。

すぐに人集りができて、慌ただしく人が出入りする。
自分のことなのに、人ごとのようにボーッと見ているだけなのが情けない。